禅僧でありながら精神科医。川野氏は、そのどちらの仕事もこなす忙しい日々を送る。一見、全く異なる領域に身を置く川野氏に、令和時代の幸せのあり方について伺った。

鍵となる考え方の一つに、禅を起源に持ち、米国で作られた「マインドフルネス」があると気づいた川野氏は、マインドフルネスと本格的に向き合うようになったという。

精神科医で禅僧、さらにマインドフルネスの講師をしているというのは、かなり珍しいご経歴ですね!

父が住職をしてたので禅は身近でした。いざ自分が住職になるとしても、祈りとか坐禅といったものが、人間の心や脳にどう影響するのかを知りたかった。だから、大脳生理学や心理学を勉強しようと、医学部に入ったんです。

精神医学と、禅・マインドフルネスのつながり

川野泰周

—— 医学と禅やマインドフルネスというのはどのようにつながるのでしょうか?

どちらも心の問題を取り扱いますから、もちろんつながりが深い部分も多いです。

禅の根本理念を気づいた人は、1500年ほど前にインドから中国に渡った達磨大師とされています。その教えに含まれる重要な観点として、行入(ぎょうにゅう)つまり、修行の実践によって悟りを目指すことが、理入(りにゅう)といって、理論的な学びを同じか、それ以上に大切であると説かれました。

心理学の観点でも、William Jamesというイギリスの学者が、「楽しいのから笑うのではない。笑うから楽しいのだ」と、まさに行入の考えに近い研究を発表しています。昔からの禅の考え方が、科学で説明されたんですね。

そして、禅は型を重んじますが、その根底にある脳科学的に証明されている部分を抽出し、宗教の信仰にかかわらず取り組める方法に作り直したものがマインドフルネス。日本の禅が、アメリカでリモデリングされたんですね。

—— 禅と科学の間をマインドフルネスが取り持つというのは面白いですね。でも禅僧の立場として、アメリカで派生したマインドフルネスに対してネガティブな受け止め方はないのでしょうか?

もちろん、様々な考え方の人がいますが、私の場合はありません。

もともと、ブッダはこのフォーマットに従って修行しなさい、ということはあまり言っていない。ブッダの発見による教えは「法灯明(ほうとうみょう)」と言います。ですが、実はこれとは別に「自灯明(じとうみょう)」という教えもある。これは、自分自身の良心、心を道しるべとして生きなさい、という教え。

だからこそ、人々が自分たちの文化圏の中で、取り入れられる形に変えて仏教の教えを活かしてきた。もともと、世界には仏教がたくさんある。

けれど、仏教の本質的な考え方は、ブッダの教えで苦しみを手放し、生きていくための悟りを得るということ。それができるのであれば、形はいろいろとあって良いのではないでしょうか。例えば、現代では必ずしも山の中で仙人のような修行しなくても、社会の中で、生活の一部として仏教の教えに触られればいい。マインドフルネスはその一つなのだと、私は受け止めています。

現代人にあったやり方で修行をすると言うのは、面白いですね。

人によってフィットするやり方でやれば良いのです。忙しい人には、歩く瞑想や食べる瞑想などもおすすめですし、泳ぐのが好きな方なら、スイミングの中で行うこともできます。

精神診療の現場でのマインドフルネスの役割

川野泰周2

——実際に、心療内科などの治療の現場でマインドフルネスが使われることはあるのでしょうか?

日本では少しずつ広がってきているところですね。アメリカではマインドフルネスは療法としてもかなり歴史がありますし、様々な症状、例えば不安症に対しては、高いエビデンスが取れています。世界で何百本もの研究データがあり、それをメタ解析して効果検証がなされているほどです。

カナダの大学の報告によると、例えばゴキブリなど感情を揺さぶるような画像を見た後で、呼吸法などで平静さを保とうとした場合、マインドフルネスを続けている人と、全くしたことのない人では、脳内の活動性が異なることが分かっています。

マインドフルネスをやったことがない人は、恐怖を司る扁桃体をコントロールするために、脳の前頭前野という理性を司る部位が過剰に活動している。簡単にいうと、理性で感情を抑え込んでいる状態と言えます(※1)。これが長く続くと、現代人に多く見られる「バーンアウト(燃え尽き症候群)」を招く可能性があるのです。

昔から、禅の師匠はとっさの不安があっても、どっしりしていてビクともしない、というのはなんとなく言われていましたが、それが脳科学的にも説明がついたんですね。

日本でも、慶応・早稻田・京大の研究者グループが、日本人を対象にしたマインドフルネスの治療効果のエビデンスを研究しています。2013年には、マインドフルネスを専門とする研究者、精神科医や心療内科医、心理士、さらには宗教家など多分野の専門家が一堂に会して議論を深める「日本マインドフルネス学会」も発足されました。

去年の精神学会でもマインドフルネスの演題が増えていますし、勉強を始めた精神科医の先生も多い。将来的には、心療内科でマインドフルネスを一般的な治療の一つの選択肢として導入されることが増えていくのではないかと思います。

——エビデンスが出てきているんですね。治療においては、どんな症状にも使えるというものなのでしょうか?

もちろん、他の治療と同様、どんな場合にでも有効なわけではありませんが、手法はいろいろあります。

注意が散漫になりやすいADHDの人は正座瞑想が難しい。そういう人は、歩く瞑想のほうが良い。逆に、自閉症スペクトラム、アスペルガーの方は切り替えが苦手なので、座って行う瞑想のほうが向いている。

フラッシュバックが頻繁に見られるPTSDの人や、希死念慮(※死にたい気持ち)の切迫した重度のうつ病の人などは、マインドフルネスはしない方が良い。パニック障害の人は、薬物療法を先行させてある程度治療されてからやるとうまくいく。

こうした、疾病ごとのマインドフルネスの適応性や、相対的禁忌(※医学的に避けた方が良いこと)については、様々な臨床研究によって少しずつ知見が積まれてきています。当然ながら、医療でのマインドフルネスは、一般の人へのマインドフルネスとは分けて考え、より厳密に行われるべき。治療者の指示のもと、行われるのが基本ですね。

マインドフルネスで重要なのは「気づき(Awareness)」と「受容(Accept)」

川野泰周3

——マインドフルネスの有効性についてはよく理解ができました。そのメカニズムはどのようなものなのでしょうか?

マインドフルネス瞑想、と言われれることも多いですが、実際には「瞑想」と言うよりも「内観」に近いものです。

——「内観」ですか。自分を見つめると言うことですか?

はい。これは、マインドフルネスと言うよりも、その大元である禅であり仏教の考え方です。

仏教には、実は絶対的な神や仏というのはいません。仏はすべての人の心に備わっているもの。清らかな心を仏と言います。ブッダは初めて、それを教え諭した人ですが、ブッダに忠誠を誓うわけではありません。

それに対して、仏教以外の多くの宗教においては、祈りであったり経典を読むことを通して、神に救いを求めます。いわば神との契約の宗教といえるでしょう。ところが、ブッダは人間代表であり、仏教は契約の宗教ではないんです。

「内観」というのは、まさに自分の中の仏を見ること。そして、そこで大切なのは、「気づき(Awareness)」と「受容(Acceptance)」です。

——「気づき」と「受容」というのはどういうことでしょうか?

自分をしっかりと見極めて、それを受容することです。

「気づき」は、自分の持っている6つの感覚、つまり5感と心・意識で、開かれていくもの。6つめは、いわゆる第六感ではなく、心で湧き上がる感覚や気分、意識の変化です。これを仏教では、六根と言います。マインドフルネスをすると、そのいずれの感覚に対しても、「気づき」が開かれていきます

——なぜ、「気づき」が開かれていくのでしょうか?

マインドフルネスでは呼吸に集中することで、すべての感覚が研ぎ澄まされるからですね。

心理学の世界では、「アテンションリソース(注意資源)」と言われていますが、人がひとときに使える注意力というのは有限であることが分かっています。

普段の生活では、私達はその有限な資源を、過去の後悔や未来の不安という解のないものに向けてしまう。すると、それがどんどんダダ漏れしてしまうんです。電池が水に濡れて、漏電するようなものですね。

呼吸はただ、吸って、吐いているだけのもの。そこにシンプルに注意を向けていると、注意資源が十分に余る状態になる。その余力が、今まで気にもならなかったことに気が向いたりして、感覚が敏感になるのではないかと考えられます。悩みや不安、後悔と言った「今の自分」に関係ないことを絶つことで、注意資源が復活してくるのです。

じっとしていると、痒くなったりしてくるのも、皮膚感覚が鋭敏になるから。

だから、初めての人が坐禅やマインドフルネスで、意識を呼吸に向け集中すると、急に物音が気になって、逆に集中できなくなったりします。これは、決してダメなことではない。一つのことに注意を向けることで、研ぎ澄まされていろいろなことに気づいてしまうからこそ起きる、まっとうな現象です。

それを「受容」、つまり受け止めて、手放していくことが大切です。そうした刺激を楽しみながら、注意を呼吸に戻すのです。それの繰り返しで、瞑想が深まっていく

眼科疾患の一つに、管状視野狭窄と言って、ストレスによって目には何の異常もないのに視野が極端に狭くなる病気が知られています。一種のヒステリー症状です。悩みごとに多くの注意資源を奪われてしまうために、見えるものすら限定されてしまうのかもしれません。

だからこそ、ビジネスパーソンが5分の瞑想をするだけでも、脳の疲労回復につながったりします。

これが、坐禅やマインドフルネスが、心を整えるときに起きているメカニズムですね。

なるほど、瞑想に集中できていないというのが必ずしも悪いということではないのですね。僕も気が散ってしまいがちなので、瞑想に向いていないのかと思っておりました。

初心者がこれをきっかけに瞑想を諦めるのはもったいないんです。なので、初めて行うときは禅僧やマインドフルネスのコーチなど、指導者と一緒に行うのが良いですね。

一般の人がマインドフルネスをする意味

川野泰周3

——健康な人がマインドフルネスをやる意味もあるのでしょうか?

もちろんあります。先ほど、脳の疲労回復、ネガティブから0の状態に戻す「レジリエンス」という効果についてお話ししましたが、それだけではありません。「モメンタム」な効果もあると言われています。

——「モメンタム」ですか。

弾みとか、勢い。心理学的には「一歩踏み出す力」と言われます。

たとえば、「さとり世代」と言われる若者について。私は、彼らにやる気がないのではなく、社会が彼らのやる気の種を潰してしまっていると考えています。深層心理の中では、やりたいことがあったのに、現実世界を見せつけられて、そこに蓋をされている状態なのだと。

マインドフルネスは「気づき」と「受容」だと言いましたが、瞑想することで自分の中にあるそうした原石のような考えに気づき、受け入れることができる。自分のやりたかったことや目標を思いついて、それがやる気の源泉になるんですね。

これが起きると、脳が「セントラル・エグゼクティブ・ネットワーク」という、目的志向型の思考モードに切り替わります。これが活性化していくと、「フロー状態」と言って、疲れずに突き進むことができる状態に入りやすくなるという説があります。

精神医学では、「アクティベーション」と言って、ぼーっとしている患者さんが歌を歌ったり、軽い運動をすると、元気になって状態が良くなることがある。身体を動かすと心も動いてくるという現象ですが、これと似たようなことが起きているのでないかと考えています。

——確かに、仕事をしていても、初めの一歩が動けずにダラダラとしてしまうことはあります。マインドフルネスには、そうした効用もあるんですね。

それ以外にも、セルフコンパッション(自慈心)が高まり、結果として他者に対するコンパッション(慈悲)も自然と湧くようになり、より利他的になるとも言われます。慈悲深くなるんですね。

自分を認めることが、他人も認められることにつながる。人のためになにかしてあげたいという気持ち。それが、仕事の中で更に良い循環を生むのでしょう。

米国のGoogleで、凄い勢いでマインドフルネスが普及していったのも、そのような効果が見えてきたから。向こうの人は、新しいことにあまり抵抗はなく、いいものはどんどん受け入れていきますね。

日本では、90年代にあったオウム事件の影響で、瞑想が怪しいという感覚の人が多いように思います。ですが、本来は自分にない感覚・考え方を外から入れる「洗脳」と、自分の感覚に注意を向ける「瞑想」は、全く違うものです。

令和時代の幸せは、『今』を味わえるかどうか

川野泰周4

——禅やマインドフルネスについての貴重なお話をありがとうございます。最後に、川野さんが考える、令和時代を幸福に生きるために大切なことを教えてください。

生きがいを持ってなにかに取り組んでいるかどうか、が大切ではないでしょうか。今やっていることに注力できるかどうか、と言ってもいい。

自分自身の今と向き合って、目の前にある仕事がどんなものであっても、今日一日はそれを一生懸命やろうと思ってできるか。シスターの渡辺和子さんが昔からおっしゃっている、「置かれた場所で咲きなさい」ですね。禅でも、「日々是好日(にちにちこれこうじつ)」という言葉があります。

たった一杯のワインのために、時間を費やして味わうことを仕事にしているソムリエの人は、マインドフルな人が多いような気がします。

一生懸命、一日を過ごすと、毎日が良い日になる。いいことがありますよと願うだけでなく、どんな嫌なことでも一生懸命やると、それなりの一日になる。それが、人生の一ページになっていく。それを積み重ねていける人が幸せではないかと。

禅やマインドフルネスは、人生の充足度を高めると思っていますが、それは自分の心を今ここに留め置くものだから。自分自身の今と向き合う。いつでもない「『今』を味わう」ことこそが、私達の幸せにつながるのではないでしょうか。

「『今』を味わう」、素敵な言葉ですね!坐禅やマインドフルネスなど、時間を取るのが難しい人も多いかもしれませんが、こうしたことは少しずつ広がっていきそうです。

若い方を中心に、禅に興味を持っている人は増えていると実感しています。坐禅会やマインドフルネス講習など、身近に体験できる場所もありますので、ぜひ探してみてください。

川野 泰周(かわの たいしゅう)/精神科医・心療内科医、臨済宗建長寺派林高寺住職
1980年生まれ。2005年、慶応大学医学部医学科卒業。精神科医として、診療に従事した後、2011年より建長寺専門道場で3年半にわたる禅修行。2014年より、横浜にある臨済宗建長寺派林香寺住職となる。住職を務めながらも、クリニックなどで精神科診療も行う。禅やマインドフルネスの実践による心理療法を積極的に導入しており、大企業や学校などにマインドフルネスの講演やワークショップなどを行っている。

※1
Impact of mindfulness on the neural responses to emotional pictures in experienced and beginner meditators.
Taylor VA1, Grant J, Daneault V, Scavone G, Breton E, Roffe-Vidal S, Courtemanche J, Lavarenne AS, Beauregard M.
Centre de Recherche en Neuropsychologie et Cognition (CERNEC), Département de Psychologie, Université de Montréal, Montréal, Québec, Canada.

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