現代のワーキング・パーソンにとって、自身やメンバーのメンタルヘルスは大きな関心事の一つだ。尾林医師は、新卒で民間企業に入社したのち、医大に学士編入をして、精神科医になった、サラリーマン経験のある産業医だ。そんな尾林医師に、産業医の現場で感じる、メンタルヘルスに関して伺った。

尾林さんはもともとリクルートで営業をされていましたよね。私も同期ですが、当時、20年近く前はハードワークが当たり前の世相でした。

そうですね。サラリーマンとして働く中で、企業人のメンタルヘルスに大きな課題感を持つようになり、医師にキャリアチェンジをしました。元々、産業医になるつもりで精神科医になったんです。

サラリーマンと医師、その二つの観点で産業医をされている方は珍しいですよね。そんな尾林さんが感じる、仕事でのストレスとそこへの向き合い方について、教えてください。

ストレスとは?職場にストレスを産み出す3大要素

——そもそも、ストレスとはどんなものなんでしょうか。

もともとは、物理的な現象を表す言葉です。物質に対して力がかかる現象をストレスと言います。それを心理学的な作用に当てはめているのが、質問の意味のストレスですね。心理的に受ける圧力、というニュアンス。これは、社会的にもコンセンサスが得られているものかと思います。

ただ、物理的なストレスと違って、心理的なストレスは「何キロかかっている」というように計測することが難しい。だから、精神科医・産業医が取り扱うような、産業衛生周りにおいては「ストレス」の解釈は各人に任せているのが現状です。アセスメントでもずばり「ストレスがかかっていますか?」という聞き方をしています。

ストレス原因については、いろいろな調査があります。特に面白いのは、厚生労働省が広く行っているものですね。

——ストレスの原因には、どのようなものが多いのでしょうか?

厚生労働省が5年に1回行っている「労働者健康状況調査(※1)」によると、ストレス原因は上位3位までは、実は男女ともに共通で、1位は「人間関係」。ついで、「仕事の質」「仕事の量」と3位まで続きます。

女性の方が男性よりも人間関係に関するストレスが多い、という結果にはなっているものの、男女ともに、3位までの順番は一緒です。

——そうだったんですね!人間関係はやはりストレス源になりやすいんですね。仕事の量よりも、質についてのストレスが多いというのも意外です。

人間関係でいうと、なんとなく1対1の属人的な関係性と捉えてしまいがちですが、どちらかというとその周りにサポーティブな環境があるかどうか?というのが、実際にストレスを生むかどうかでは、大切な観点になりますね。

困った時に相談する相手がいるか、話をしやすい職場環境にあるのか、など。さらに、褒めて伸ばす、といったポジティブなフィードバックがされやすいというのも、サポーティブな環境と言っても良いかもしれません。個々の人間関係に多少軋轢があっても、サポーティブな環境があれば、乗り越えやすくなります。

仕事の量は言わずもがな、時間的なものと密接な関係を持ちます。

一方で、仕事の質に関しては、言い換えれば仕事がやりがいに直結するものなのかどうかですね。仕事量が必ずしも多くなくても、やりがいを感じない仕事はストレスを感じやすい。

この3要素は産業医をやっていると一番ダイレクトに直面するところ。この3つの組みあわせで、多くの仕事のストレスというのは説明ができるし、対策もそのいずれかに収束されることが多い。

うつ病にまで行かない、適応障害のような状態になっている方でも、このどれかを解決すると、改善に向かうことは非常に多いです。

ストレスとどう向き合うのか?2種類の「レジリエンス」を高めるための方法

——多かれ少なかれ、仕事をする上でのストレスというのは存在するものだと思うのですが、我々はどう向き合っていけば良いのでしょうか。

最近、ストレスを考える上で、よく使われ始めている言葉に「レジリエンス」というものがあります。直訳すると、「しなやかに戻る力」。

ストレスを無くすと言っても、現実的にはゼロにすることはできない。終身雇用が破綻したとか、1人あたりに求められる仕事の質が変わったと言われたりしますが、これは端的に言うと昔よりも仕事の難易度が上がっていることを表します。同じことをしていては通用しない。変化の多い環境で、働く人間も新しいこと学んでいかなければならないし、その中で受けるストレスも多いでしょう。

そもそも、ストレスそのものは、完全な悪というわけではありません。スタンフォードの心理学者の研究によれば、幸福ホルモンと言われる「オキシトシン」は、実はストレスを受けると出てくるということもわかってきている。ある程度のストレスは、幸せに過ごすためにはあって良いのです。

では、ストレスをどうしなやかに吸収し、跳ね返すのか?「レジリエンス」が高まると、精神疾患に落ちる可能性が低くなると、精神医療の世界でも考えられてきています。

——「しなやかに戻る力」ですか。どうすれば「レジリエンス」を高められるのでしょうか?

2つの観点、メンタルの観点と、キャリアの観点があると思います。

一つ目のメンタルの観点では、ストレスの受け止め方について。ストレスを悪者にしすぎないことが大切です。

ストレスをはなから嫌だな、逃げたいなと思ってしまうと、その感覚そのものが悪玉ストレスになってしまいます。そうではなく、ストレスと言われているものを、好意的に受け止めてみる。

例えば、自分がしたいことをしているという感覚や、自身の成長につながっていると信じたり、ストレスを乗り越える仲間がいるという実感を意識すると、ストレスを受容しやすくなります。結果として、ホルモンが適切に分泌され、充実感や成長実感にもつながる。

一種の筋トレのようなものですね。筋トレだって、身体にストレスをかけるからこそ、たくましくなれる。

とはいえ、最近はこうしたマッチョな考え方は、パワハラなどの問題で、上司などの外部からはかけられにくくなってきている。彼らもおっかなびっくりで、負荷をどこまでかけて良いのか、その感覚の判断が難しいですから。だからこそ、自分で意識的に受けとり方を変えていくことがますます重要ですよね。

もちろん極端な長時間労働など、過度なストレスをかけることはしないということが前提です。

——認知を変える、と言うことですね。でも、実際にストレスを受けているときに、実践するのはなかなか難しいかも知れません。

そうですね。これができるためには、一つの角度でしか物事を捉えられないという不自由さを変えていくことが大事。いわゆる、メタ認知を上げることですよね。

——メタ認知とは、自分自身を客観的に認知する能力のことですね。

多面的に見れること。ペットボトルのお茶だって、上から見たら丸だけど、横から見たらまた違う形になる。色々な角度から物事を見れるようにしておくのが、メンタルでのストレッチ運動みたいになる。すると、精神の柔軟性が高まる

一面的に見ていたら嫌な印象を持ったりとっつきにくさがあったものが、ある角度だと、愛おしいかったり、笑っちゃったりするもんです。

あるいは、拡大したり、俯瞰したりね。写真だって、拡大してみるのと、全体を見るので、解釈や情報が変わってきますよね。あるいは、意識的に鈍感になったり。

事象は変えられないけど、解釈は変えられるんです。自動思考するよりも、ある程度自分に都合良く解釈した方が良いですよね。そんな風にしても、失礼にもなってないということは多いですよ。我々は空気を読みすぎますから。

——都合の良い解釈をしてもいいんですかね?

以前、産業医面談をした時にある女の子が人間関係で悩んでいた。仕事のモチベーションも上がらないので、どうしたんだと聞いていくと、自分のことを否定的に言われ、評価されていないと感じるという。

でも、よくよく聞いてみると、周囲には支えて励ましてくれる声の方が多い。ネガティブな声は強烈に印象に残ってしまいがちなんで、そうした声はかき消えてしまう。こういうときは、自分に都合の悪い事には耳栓しちゃうような振る舞いを意図的にやって、バランスを取ればいい。その解釈を、周囲が「クレイジーだ」とまで激しく曲げることができる人は、そんなに多くありませんから、ご安心下さい(笑)。

——メタ認知は、どうあげれば良いですか?

様々な手段が、本やインターネットでも公開されています。日記をつけたり、マインドルフルネスをするなど、メタ認知を上げる手法は色々あるけど、自分に合ったやり方を選んですればいい

その結果、解釈を一面的に固めないことで、柔軟性が身につき、レジリエンスは高まります。身体の柔軟性も高まると、怪我に強くなりますよね?それと似ているかもしれません。

変化への適応能力をつけることが、キャリアのレジリエンスを高める

——ありがとうございます。では、もう一つの「キャリアの観点でのレジリエンス」とは、どのようなものでしょうか?

キャリアの作り方を工夫して、仕事の変化への適応能力を上げることです。

たとえば、一つのスキルだけをひたすらに極めると言っても、変化の多い環境の中ではリスクも大きい。そのために、普段から新しい仕事を意識するようにしてみるとか、マルチタスクを行ってみると言った、ちょっとした変化への適応能力を高めることです。

あるいは、海外で仕事をしてみるとか、職種・業種を変えてみるとか。急激な変化の経験をしてみるのは、キャリアのレジリエンスを高めることにつながるでしょう。新しい勉強を初める、副業をしてみる、というのも良いかも知れません。

残念ながら、すべての会社が終身雇用を守ることができる時代でもなくなっています。変化のない仕事を愚直に打ち込むことだけが、美徳にはなりにくい時代。その結果、バーンアウトしても、誰も助けてくれない。だからこそ、自分で自分を磨き、助けることが、キャリアのレジリエンスを高めることにつながります。

——健康的に働く上で、この二つの観点でのレジリエンスは意識したいですね。ところで、長時間労働の話がありましたが、どのくらいが適切なのでしょうか?

なかなか難しいところです。三六協定(※)などで決められた時間は目安ですが、人間は集中するとドーパミンやアドレナリンが出て、脳が活性化して時間の感覚が変わります。そうなっている時は、仕事へのやりがいを感じて成長を意識できる貴重なゴールデンタイムですし、そういうときは没頭しても負担感は少ない

※三六協定・・・労働基準法36条に基づく、時間外労働に関する労使協定。

とはいえ、慢性的に長時間労働をしてしまうのは確実に良くない。個人的には、3か月ぐらいのスパンで、今の長時間労働の基準をならすのが、実は自然なのではないかと思っています。

ジョン・カビラさんは、何年か頑張って1年休む、という仕事のスタイルをしていると聞いたことがあります。そこまで行かなくても、近いワークスタイルは、今後出てくるかもしれませんね。

メンタルとキャリア、二つの観点のレジリエンスを高めていくことが重要なんですね。

後者については、精神科医としてはなかなかアドバイスしにくいところ。ですが、自分のサラリーマン経験を踏まえつつ、産業医をしていると、これからの時代、キャリアのレジリエンスも考えていくことは、非常に大切だと感じます。

うつ病などのメンタル失調の兆しと治療について

——メンタルに失調をきたす前に、どう気付けば良いのでしょうか?

なかなか自分では気付きにくいものですよね。産業医として、感じる一つの尺度は、趣味に対しての関心がなくなっていることは、兆しの一つとして、わかりやすいと考えています。精神医学的には、「興味関心の喪失」と言われる現象です。

趣味というのは、余計な時間をついやしてでもやりたくなる「楽しみ」。ところが、「楽しみ」に対して、やる気がないというのは、心のテンションが相当下がっている状態と言える。「ゲーム大好き」と言ってた方がゲームが手につかないとか言い始めたら、まずい兆候かもしれません。

他には、睡眠がとれない、食欲がなくなるとか、勤怠が乱れがちになる、朝の倦怠感が続く、なんていうのも良くない兆候ですね。お風呂とかトイレに行くのも億劫になる、というのはかなり深刻な可能性があります。

女性だと、化粧をしなくなる、みたいなものは一つの兆しと考えても良いかもしれません。

とはいえ、いずれにしろ、何かそうしたことを感じたら、自分だけで判断せずに、産業医に相談するなり、心療内科に行って診断をしてもらうなりをしたほうが良いですね。

産業医というのは企業サイドに属するものと思われがちですが、あくまで第三者としてアドバイスをする独立した存在です。だから、職場では話しにくいことでも、安心して相談をして欲しいですね。

——そうなんですね。では、実際にメンタル失調をきたしてしまったらどうすれば良いのでしょうか?

適切に心療内科を受けたり、会社を休んで欲しいと思っています。

治療に関しては、お医者さんのいうことに従うのが大前提。ただ、すべてのお医者さんがじっくり話を聞いてくれるというわけでもないので、その場合は心理士さんなどに、話を30分〜1時間くらい聞いてもらえると良いですね。

症状によっては、話をするよりもとにかく薬の治療を中心にするような症状もありますが、鬱病などストレスにまつわるメンタル失調では、自分の気持ちの棚卸しができると回復が早くなることも多いので、ぜひやってみてください。

メンタル失調を、自分を変化させる良い機会と捉える

——肉体的なダメージに比べて、精神的な疾患というのは、なかなか治療するのが難しいような印象がありますが、どうなんでしょうか?

それについては、思うところがあります。

私は精神科医として、メンタルダウンしている人たちをつぶさに見ていることが多いのですが、実はメンタルを崩すということが、必ずしも絶対悪な体験ではないと感じることが多いんです。

「崩したメンタルを回復する」という話を、みんなさりげなくしていますけど、それ自体に違和感を感じるのです。回復というと元に戻るというイメージですが、そうではなく、ある種の変質、メタモルフォーゼを遂げる、と言うのが正しいのではないかと。

病むという体験を経て、前に一歩進んで行き、元気な自分に戻る。ふと見つめ直すと、以前の自分と比較のしようもない次元に来ている。そこを高いとか低いとか、そういう評価はできない。

「うつ病の回復曲線」というのがありますが、これ自体が間違っているように感じます。この曲線は、心の状態が落ちて、回復とともに上がっていくのをグラフ化したもの。でも、回復の方向は、これまでと同じ軸ではなく、別のディメンションに伸びていくイメージ。

完全に元の自分には戻らないけど、それは悪いことではない。実は、一度メンタルを崩している人は、非常にレジリエンスが高いんです。柔軟性があるし、昔なら正面から受けていたストレスを、違う確度で受けとめられ、対処方法にも理解が増す。自分の限界にも気づけるようになります。これも立派なレジリエンス。

——それは凄く興味深いですね。ただ、社会の中では「復帰して働けるかどうか」というものを一つの回復の尺度にしています。その意味では回復に時間がかかる、あるいは難しい、と言われることもありえるのではないでしょうか。

同じ仕事に戻るのであれば、そういうことはあるのかもしれません。しかし、私は変質が起きている以上、場合によってはそこで改めて働き方やキャリアを考え直す、ということはもっと前向きにやっても良いのではないかと思っています。

もちろん、会社の規模や、その人へ期待するものによってできる・できないというのはあります。ただ、元の部署に戻すよりも、違う場所に行った方が、彼・彼女が生き生きとできるのであれば、個人も企業もそれを積極的にやっても良いのではないでしょうか。

本人にとっても、休職している期間に、改めて復職のイメージ作りをすることが大切。僕は、それを一緒にやっています。回復後に、必ずしも全く同じ仕事内容に戻る必要は無い。極端なケースでは、異なる業種、職種に行くというのもあり得るのではないでしょうか?

——とはいえ、本人や周囲からすると、築き上げたキャリアを変えるというのは勇気が要ることですし、簡単に受け容れられることではないようにも思います。

そこは、実は私もすこしモヤモヤしているところでもあります。私自身、民間企業から医師に転身するという、あまり一般的とは言えないキャリアを歩んでいますので、そのバイアスはあるかもしれません。

ですが、この先、数百種の職業が無くなるという社会の中で、ずっとその仕事をし続けるということ自体が、実は不自然なことなのではないでしょうか。

100歳まで生きると言われ、長い人生の中で、本当に得意なこと・やりたいことが変わる、というのはメンタルを崩していない人でも起こりえることかもしれません。

そう考えると、鬱病など、起きてしまったメンタルの失調を、自分自身のキャリアを見つめ直す良い機会と捉えるのは、解釈として大いに受け容れてもよいのではないかと考えています。

私のある患者さんは、メンタル失調をきっかけに、会社を辞めてバリスタとなりました。もともと、休職期間中に旅行がてら訪れたコーヒー屋さんで、本当に美味しいと感じるコーヒーを飲んで、スイッチが入ったそうです。

やや発達障害の傾向もある方だったのですが、味覚は非常に敏感な方でした。その機会で、自分の強みとか、良さに気付いて、本当にやりたいことが見えるようになったのです。今では、この方は売れっ子のバリスタになりました。

休職」というと悲壮感が漂いますが、もっと前向きに自分の強み・やりたいことに向き合う、特別な形での休みなんだ、と思えば良いと考えています。そして、私は、それに一緒に寄り添うような医師になっていきたいですね。

——そうなると、ある種のキャリア・カウンセラーのようですね。

産業医としては、やや領域を超えている話かもしれませんね。

ただ、自分だからこそできることだと思っているので、これからも、そうであり続けたいですね。

メンタル失調を、キャリアを考え直すきっかけとして前向きに捉えるというのは、とても前向きで先進的な考えですね。

もちろん、元の仕事に戻る方も大勢いらっしゃいます。ただ私自身も大きなキャリアチェンジを行っていることもあり、もし新しい自分を活かす形でキャリアを考えたいなら、そこを応援したい。今後、そうした取り組みをもっとできないか、考えていきたいですね。

尾林 誉史/精神科医・産業医。東京大学医学部附属病院精神神経科所属。
東京大学理学部化学科卒業後、(株)リクルートに入社。弘前大学医学部医学科に学士編入し、都立松沢病院にて臨床初期研修終了後、医療法人厚生会道ノ尾病院にて後期研修を修了。東京大学医学部附属病院精神神経科所属。現在、精神科医として臨床業務を行いつつ、9社の企業にて産業医およびカウンセリング業務を務めている。また、カウンセリングを気楽にできるカウンセリングルーム「VISION PARTNER」の代表も務める。

参考文献

※1 厚生労働省「こころの耳 1 ストレスとは