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やってみたいことがあっても「どうせ上手くいかない」という考えがよぎって、チャレンジする前から諦めてしまう。そんな経験はないでしょうか。今回ご紹介するのは、ACT(アクセプタンス&コミットメント・セラピー)と呼ばれる心理療法です。ACTに関する書籍を多数執筆されている早稲田大学の熊野宏昭先生に、ACTとはどのような心理療法なのかを教えていただきました。

ACTを知れば、「どうせ上手くいかない」といった考えへの向き合い方が変わるかもしれません。

どうしても「自分なんてダメだ」「どうせ上手くいかない」と考えてしまいます。ACTを学べば、このネガティブ思考を変えられますか?

ACTは考えの内容を変えるような心理療法ではありません。どういうことなのか、まずはACTが何を目指した心理療法なのかお話ししますね。

目次

ACT(アクセプタンスアンドコミットメントセラピー)とは?心理学的な解説

忙しい人のための1分サマリー

  • ACTの目的は、「人生でやってくる避けることのできない苦しみを受け入れながら(acceptance)、人生を豊かにする行動を自己決定し行動していくこと(commitment)」

  • ACTでは、大きく分けて「マインドフルネス」と「価値に沿った行動」によって目的の達成を目指す

  • これまでの認知行動療法は「思考の中身の修正・変容」を目指してきた。ACT「思考の中身を変えるのでなく、思考そのものとの関わり方や扱い方の変容」を目指す

  • ACTで目指すアクセプタンスの反対にあるのが、コントロール。思考や感情はコントロールすることは難しい。コントロールしようとするから苦痛が生まれる。そのことに気づいてコントロールを手放すことを「創造的絶望」という

  • ACTが促進する行動的パターンを六角形の図形で表現したものを「ACTのヘキサフレックス」という。「アクセプタンス」「脱フュージョン」「『今、この瞬間』との接触」「文脈としての自己」「価値」「コミットされた行為」。これらの行動パターンが増えた状態を「心理的柔軟性」を呼ぶ 。

  • ACTは、人生のあり方に着目して、人生を良い方向に向かわせることを中心に考える心理療法

ACTは「アクセプタンス&コミットメント・セラピー(Acceptance and Commitment Therapy)」と呼ばれる、心理療法の1つです。心理療法の中では比較的新しい手法であるため、「新世代の認知行動療法」などとも呼ばれています。

「アクセプタンス&コミットメント・セラピー(Acceptance and Commitment Therapy)」の、アクセプタンス(acceptance)は「受け入れ、容認」を意味する単語ですが、コントロールしないで「そのままにしておく」ことを示す単語です。コミットメント(commitment)は「関与、責任、専念」など幅広い意味がありますが、その本質は「価値を念頭に実際に行動してみる」ことを示す単語です。

この名前の通り、ACTは、人生でやってくる避けることのできない苦しみを無理になくそうとせずに(acceptance)、人生を豊かにする行動を自己決定し行動していくこと(commitment)を目的としています。

「ACT」という名前には、アクセプタンス&コミットメント・セラピーの頭文字を取った略称というほかに「act(行動)」という意味も含まれており、「taking action(行動すること)」を重要視しています。

ACTでは、この目的を達成するために、大きく分けて2つの方法を実行します。

①つらい思考や感情とうまく関わり、そこから受ける影響が小さくてすむような心理的スキルとして、マインドフルネス・スキルを学び、実践する

②本人にとって本当に重要で意味のあること(=その人にとっての価値)を見つける。そして、その価値に動機づけられながら、目標を設定し、人生を豊かにするための行動を取る

これをカウンセラーとの対話やグループ学習を通して実践していくのが、ACTの基本的な流れとなります。詳細は、後半で詳しく説明していきます。

ACTは、セラピストと共に話すことや考えることを通して症状を緩和することを重視する従来の心理療法とは異なります。ACTでは、症状はあるがまま受け止めておいて焦点は当てず、マインドフルネスの実践や価値に沿った行動を重視する、新しい発想の心理療法なのです。

ACT(アクセプタンスアンドコミットメントセラピー)と認知行動療法の違い

ACTと他の心理療法の違いをもう少し具体的にお伺いしたいです。

ACTの特徴は「思考や感情の扱い方」と「人生のあり方(価値)に着目するところ」の2点です。代表的な認知行動療法の1つである認知療法を例に説明しますね。

認知療法で思考を扱う場合は、思考の中身の修正・変容を目指します。

例えば、70点のテストが返却された時、「70点も取れている!」と考えれば前向きな気持ちになれるでしょう。しかし同じ70点のテストでも「70点しか取れなかった!」と考えた人はネガティブな気持ちになるはずです。

同じものごとでも、その人に浮かぶ思考によって受け止め方は異なります。「70点しか取れなかった!自分はダメな人間なんだ。」などと過度にネガティブな思考が浮かぶ場合には強い苦痛を感じ、うつ病などの症状を引き起こすこともあります。そんな自分を苦しめる思考に反証したりすることを通して、思考の変容と、それに伴う症状の緩和を目指すのが認知療法です。

一方で、ACT(アクセプタンス&コミットメント・セラピー)が目指すのは「思考や感情をそのままにしておき、その上で自分の人生を豊かにするために主体的に行動していくこと」でしたよね。

ACTでは「70点しか取れなかった!自分はダメな人間なんだ。」という思考が浮かんでも、その中身を修正や変容するのではなく、そのままにしておいて、うまく付き合っていくことを促します。つまり、思考の中身を変えるのではなく、思考そのものとの関わり方や扱い方を変えるのがACTのアプローチです。そして、思考をコントロールするために注ぎ込んでいたエネルギーを自分の人生を豊かにするために使えるよう、サポートしていきます。

その結果として症状が緩和することがありますが、ACTではそれはご褒美と捉えます。ACTでは、不安感があったとしても、人生を豊かにする方向に向かえていれば良いと考えます。

思考や感情をそのままにしておくというアクセプタンスの概念が興味深いですね。でも、「自分なんてダメだ」という考え方は修正できるに越したことはないのではないでしょうか?ACTでは思考を修正しようとしないのはなぜでしょうか。

そこにはACTがベースとする関係フレーム理論が関わっています。より理解しやすくするために、ACTが生まれた背景から説明していきましょう。

背景1:「関係フレーム理論」-刺激と刺激を結び付け、機能を変える言語行動

ACT(アクセプタンス&コミットメント・セラピー)はスティーブン・ヘイズによって開発されました。このACTは、関係フレーム理論(relational frame theory;RFT)という心理学の理論を土台としています。これは機能的文脈主義に基づいた人間の言語や認知に関わる学習理論です。ACTの具体的な説明に入る前に、関係フレーム理論を簡単に解説しましょう。全てを解説しているとキリがありませんので、ここでは特にACTに関係の深い箇所を解説します。まずは、図1を見てください。

ぐれとむ
図1

何が思い浮かびますか?

えっと…何も浮かびません。

それで大丈夫です。それでは図2を見てみましょう。

猫
イコール
ぐれとむ
図2

実は「ぐれとむ」はこのネコの名前でした。それでは図3を見てみましょう。

ぐれとむ をなででください。
図3

図3を見てどんなイメージが浮かびましたか?

ネコをなでている自分です。

いかがでしょうか。初めは何の意味もなかった「ぐれとむ」という刺激が「ネコのイラスト」という刺激と関係づけられることで「ネコを思い浮かべさせる」という新たな機能を獲得しました。これを「刺激機能の変換」といいます。

今後皆さんは「ぐれとむ」と聞いたり見たりすると、ネコがイメージされてしまうはずです。この結びつきを自分の意思で切り離すことは困難です。

確かに「ぐれとむ」という文字を見ると、自分の意思とは関わらずネコのイラストが頭に浮かんできてしまいます!

そうですよね。そして、関係づけられるのは物とその名前だけではありません。人と評価なども結びつきます。

次の図(図4)のように「自己イメージ」を示す刺激と「バカにされる」という評価を示す刺激とが何らかのきっかけで結びついたとします。例えば、クラスメートに自分の陰口を言われているのを聞いてしまったとか。

悪口をいう人と泣いている女の子の図
イコール
バカにされる
図4

一度、2つの刺激が結びつくと、容易に切り離すことができなくなります。そして、元々バカにされることなどなかったのに、その1回の経験だけで、自分のことを考えると、バカにされるというイメージが浮かぶようになり、現実が見えなくなってしまうのです。

このように様々な刺激同士を結び付けて、その刺激が持つ機能を変える行動を言語行動といいます。言語行動が作り出す思考の世界では、様々な刺激同士が容易に結び付き、どんなことでもいつまででも考えることが可能になります。関係フレーム理論では、言葉(元々意味のない音の並び)が意味を持つようになるプロセスも、同じようにして進展すると考えています。つまり、ある言葉を覚えると、それを聞いたり、読んだり、口にしたりするだけで、その言葉と結びつけられた意味内容が頭の中に浮かぶようになるわけですが、その結果、言葉を使って考えた内容が、バーチャルな現実として心の目で見えるようになってしまうわけです。このバーチャルな現実は、実は言葉で考えただけの内容なのですが、ありありとイメージが浮かんでしまうので、現実と区別がつかなくなってしまうのです。

このように、思考と現実を混同して影響を受けることを「認知的フュージョン」といいます。

そして、例えば先程のような考えが維持されると、今度はバカにされないように人に会うことや外出することを避けるかもしれません。このように、苦痛を感じる思考や感情を体験しないための行動を取ることを「体験の回避」といいます。

体験の回避は、嫌なことを体験しなくてすむので一時的にはメリットがあります。しかし、長期的に見るとさらなる苦しみを招きます。「バカにされる」の例で言えば、人と会うことを避け続けていると、たまたま誰かと会わないといけなくなった時に、とても過敏になってしまうでしょうし、さらには「人と関われない孤独感」や「自由に外出できない不便さ」などの新たな苦痛を抱える可能性があるでしょう。

ACTでは、ここまで説明してきた「認知的フュージョン」と「体験の回避」の二つが、ほとんどの心理的苦痛の原因となると考えます。

背景2:「創造的絶望」 -思考や感情のコントロールを手放す

ではなぜこれらの心理作用は、心理的苦痛を生み出すのでしょうか。

それは、端的に言えば、「嫌な思考や感情を、押さえ込み消し去ろうとしたり、コントロールしようとしているから」です。これをコントロール方略と言います。どういうことでしょうか。

ACT(アクセプタンス&コミットメント・セラピー)では、自分の気持ちをコントロールしようと懸命になるほど、思い通りにいかず、悩みや苦しみが増えてしまうものだと考えます。

先ほどの「ぐれとむ」という刺激が自動的に「ネコ」をイメージさせたように、「自分」と「バカにされる」という思考を結び付けてしまうのは自分のコントロール外のことです。それを止めようとしたって難しく、むしろ止めようとすればするほどに、その結びつきを意識することになってしまいます。

そのためACTでは、まず初めの一歩として、思考や感情をコントロールする取り組みが、いかに不毛な結果に終わっているかを体験的に理解してもらいます。以下のような問いかけをしていきます。

  • そのような厄介な思考や感情を取り除くために、どんなことを試してきましたか
  • 長期的にみて、それはどのように役立ちましたか
  • 取り除こうと頑張りすぎて、代償を払うことになりませんでしたか

この問いかけを通して、自分がどのようなコントロール方略を試してきたか。そして、それが自分の苦痛を減らしたのか、生活を豊かにしたのかを考えてもらいます。最後に、過剰にコントロールしようとしてきたのなら、どんな代償を払ったかに気づいてもらいます。例えば、健康や人間関係、仕事、余暇、エネルギー、時間などです。

そうして、最終的には「感情をコントロールしようとしても、難しい!」ということに気づいてもらいます。この気づきのプロセスがACTでは重要であり、「創造的絶望」と呼ばれています。

「創造的絶望」を別の言葉で言い換えると、今までやってきたコントロール方略がうまく機能しないことを実感し、別の対処法に心を開く、ということです。

そして、その別の対処法こそが、そのままにしておくこと(acceptance)なのです。

ちなみに、感情をうまくコントロールしようというコントロール方略の全てが悪いものではなく、自分にとってプラスに働く場合もあります。しかしながら、現代人の多くが、コントロール方略に頼りすぎて、その結果、心理的苦痛を生み出しています。

あくまでポイントは、その方略の長期的結果が、自分にとって役に立っているかどうかです。

なるほど…。「自分なんてダメだ」という考えを変えようとすればするほど苦しくなってしまうんですね。確かに「考えないようにしよう」とか「前向きにならなきゃ」とか、頑張れば頑張るほどしんどくなっていた気がします。

そういう風に気づくことが「創造的絶望」です。だからこそ、考えをコントロールするのではなく、そのままにしておくことが大切なのです。

ACTで目指す「心理的柔軟性」と注目する6つの行動パターン

ここからは、より具体的なACT(アクセプタンス&コミットメント・セラピー)の理論の説明に入っていきます。

ACTの目的は、人生でやってくる避けることのできない苦しみを受け入れながら、人生を豊かにする行動を自己決定し行動していくことでしたね。これを達成するのに必要なのが、心理的柔軟性という言葉でまとめられる複数の行動パターンです。

心理的柔軟性とは、簡単に言うと、「今、ここに存在し、心を開き、大切なことをする」行動が増えている状態のことです。ACTは、6つの行動パターン(コアプロセス)を増やすことで、その目的の達成を目指していきます。この6つの行動パターンとそれをまとめた呼び名である心理的柔軟性を図示したものが、「ACTのヘキサフレックス(六角形と柔軟性を組み合わせた造語)」と呼ばれています。また、この六角形のヘキサフレックスに対応させて、6つの病理的プロセスという概念も存在します。ここにはACTで取り組む対象となる行動パターンが記されています。

つまり、ACTの理論は2つの6角形の図で説明することができ、表と裏の対応関係になっています。

図5 出典:ラス・ハリス 2019 よくわかるACT アクセプタンス&コミットメント・セラピー をもとに作成

認知的フュージョンと体験の回避については先ほど少しお話ししましたが覚えていますか?

認知的フュージョンは「思考と現実を混同して影響を受けること」で、体験の回避は「苦痛を感じる思考や感情を体験しない行動を取ること」でしたよね。

先ほど説明した、認知的フュージョンと体験の回避もこの図の中に位置付けられます。まずは6つの病理的プロセスの方から詳しくみていきましょう。

理論1:ACTの6つの病理的プロセス

図6 6つの病理的プロセス 出典:ラス・ハリス 2019 よくわかるACT アクセプタンス&コミットメント・セラピー p43をもとに作成

■認知的フュージョン

フュージョンは、融合という意味の単語です。思考と現実・自分を混同(融合)して影響を受けてしまうことを認知的フュージョンといいます。認知的フュージョンでは、思考が行動より優位に立っています。そのため、思考に振り回される状態、行動を思考に左右される状態、といった説明のされ方もします。思考がぐるぐると巡り、あたかも考えていることが今この瞬間に起きているかのように錯覚してしまいます。

■体験の回避

体験の回避とは、苦痛を感じる思考、感情、記憶といった私的体験を回避しようとする、あるいはそこから逃れようとすることです。認知的フュージョンと体験の回避は連動していることが多く、例えば「自分はみんなに嫌われている」という思考が現実と混同されるために、そこから出てくる不安や恐怖感から一時的に逃れるために過度な飲酒や喫煙、テレビの見過ぎや過剰な睡眠といった回避行動が増えることになります。

■概念としての過去や未来による支配/少ない自己知識

概念としての過去や未来による支配/少ない自己知識は、過去や未来に対する思考に囚われて(思考と現実が混同されて)、嫌な気持ちを反芻したり、まだ起きてない未来のことを心配したりして、心ここにあらずな状態になってしまうこと、またそれによって今この瞬間の体験とのつながりが失われて、自分の行動を適応できるように変えていくことが難しくなることです。

■「概念としての自己」に対するとらわれ

「概念としての自己」とは、「私は〇〇だ」という文章の内容で自分を捉えること(自分に対する思考)です。概念としての自己は、適度な距離感で付き合えば、自分の人生を豊かに送るヒントをくれます。例えば「私は強い人間だ」という自己像を持っていれば、自信を感じながら日々を過ごすことができます。しかし、そこに過剰に囚われると(思考と現実が混同されると)、自分が弱っている時にも「私は強い人間だ」という自己にしがみつき、必要な助けを求められないといった問題が起こる可能性もあります。逆も同じで、「自分は頭が悪い人間だ」と思い込むことで、自分をよりよくするチャンスを逃しているかもしれません。

■価値の明確さの欠如、価値との接触の欠如

価値の明確さの欠如、価値との接触の欠如は、認知的フュージョンや体験の回避によって自分の行動が振り回されることで、自分の人生の指針となるはずの価値をはっきりさせられなかったり、価値に触れられなくなったりすることを指します。価値を明確化するためには、言葉や思考の働きを十分に使うことが必要です。回避を繰り返すことに精一杯になることで、本当に自分が何を大切にしているのかを言葉にする機会が持てなかったり、一旦言葉になっていてもそれがわからなくなってしまうことがよくあります。

■機能しない行動(有効でない行動)

機能しない行動(有効でない行動)は、豊かな人生を送る上で役に立たず、苦しみを増やす行動パターンです。価値に基づいておらず、衝動的、反射的に繰り返す行動や、必要な行動を先延ばしにすること、体験の回避に動機づけられて取る行動などが含まれます。

これら6つの病理的な行動パターンが増えることで、心が思考や感情に囚われて身動きが取れなくなっていることを、心理的非柔軟性という言葉でまとめて表現しているのです。

思い当たることがいくつもありました…。

これらは人間の性みたいなものですから、当てはまって当然ですよ。ではACTのヘキサフレックスをみてみましょう。

理論2:「ヘキサフレックス」-ACTで目指す6つのコアプロセス

ACT(アクセプタンス&コミットメント・セラピー)では先ほどの「6つの病理的プロセス」に対して、「6つのコアプロセス」を増やすためにセラピーを行います。

6つのコアプロセスをまとめたのが図7のヘキサフレックスです。

図7 ヘキサフレックス 出典:ラス・ハリス 2019 よくわかるACT アクセプタンス&コミットメント・セラピー p15をもとに作成

6つのコアプロセスの下には、ラス・ハリス氏が各コアプロセスを分かりやすく示したキャッチフレーズが記載してあります(※1)。そして6つのコアプロセスをまとめた言葉として、真ん中に「心理的柔軟性(Psychological flexibility)」と記されています。

まずは各コアプロセスの内容を詳しく見ていきましょう。

脱フュージョン(思考を観察する)

脱フュージョンとは、自分と思考を切り離し、思考を一歩下がって観察することを指します。

例えば、「私はダメなやつだ!」という思考が浮かんできたら、「『私はダメなやつだ!』という思考を持っています。」と言い直してみます。少し思考と距離が取れるのを感じられるはずです。思考と距離を置けるようになると、自分の思考は現実にはなんら影響を及ぼさない言葉の連なりやイメージでしかないことがわかっていきます。

対応関係にある病理的プロセスは、「認知的フュージョン」です。

アクセプタンス(オープンになる)

アクセプタンスは、不快な思考や感情などに対して心を開き、そのままを体験することを指します。例えば、不快な感情があればまずはそれをじっくり観察してみます。感情の形・色・手触りなどを丁寧に観察してみたり、そこに息を吹き込んでみたりするのです。見ないようにしてきた感情をあえて観察するだけでも、抵抗感が和らぎ、受け入れやすくなるのを感じるでしょう。このように思考や感情を受け入れられると、体験の回避をする必要がなくなります。

対応関係にある病理的プロセスは、「体験の回避」です。

「今、この瞬間」との接触(今、ここにいる)

「今、この瞬間」との接触とは、心も身体も「今、この瞬間」に在り、今起きていることすべてに意識を向け、関わりを持つことを指します。「今、この瞬間」と接触し続けるのはとても難しいことです。なぜなら、人はすぐに思考の世界に埋没したり、過去や未来のことに心を奪われてしまうからです。そうならずに、「今、この瞬間」との接触を体験する際に用いられるのが「マインドフルネス」です。マインドフルネスは次の3つで構成されています。

  1. 〇〇に意識を向ける
  2. 自分の思考を手離す
  3. 自分の感情をそのままにする

例えば、「呼吸のマインドフルネス」であれば、呼吸に意識を向けます。息の流れやお腹・肩の動きなど、呼吸をする時に起こる全てに意識を集中させるのです。このように思考や感情に振り回されずに「今、この瞬間」を大切にできれば、過去や未来に過剰に囚われることなく、人生を楽しむための選択ができます。

対応関係にある病理的プロセスは、「概念としての過去や未来による支配」「少ない自己知識」です。

文脈としての自己(純粋なる気づき)

文脈としての自己とは、自分が何を考えているのか、何をしているのかに、俯瞰した目線で常に観察し、気づいていることです。例えば、SNSなどでネガティブな言葉を見て「自分のことだ!」と捉えると苦しくなります。しかし、「自分は今、『自分のことだ!』と思ってしまったなあ。」と自分の思考や環境を観察していれば苦しく感じることはありません。

文脈としての自己は、自分の思考が何を言っても、反論もせず、肯定もせず、1つ上の視点からただ眺めるようにしていきます。文脈としての自己が働くようになってくれば、「今の行動が自分の価値に沿った行動なのか」を客観的に捉え、選択していくことができます。

対応関係にある病理的プロセスは、「概念としての自己」です。

価値(何が大切か知る)

価値とは、心の奥底で思っている「自分は人生でこれをしたい」「いつもこんな風に行動したい」という考えのことであり、価値の明確化とはそれを言葉にしようとすることです。ACTでは、自分の価値を明確化することは、人生を有意義にする上でかかせないことだと考えます。しかし、本当の価値というのは、自分でも気づいていないところにあることも多くあります。そのためカウンセリングでは「自分のお葬式で列席者にどんな人だったと言われたいか」などをイメージし、自分が人生を通じて大切にしたいものを探し言葉にしていきます。

価値は人生を歩む上での方位磁石のようなものなので、価値が見つかれば、認知的フュージョンや体験の回避に負けず、自分にとって有意義な人生を選択し歩んでいく助けになります。

対応関係にある病理的プロセスは、「価値の明確さの欠如」、「価値との接触の欠如」です。

コミットされた行為(必要なことを行う)

コミットされた行為とは、自分の価値と一致する行動を取り続けることです。自分の価値を知っただけでは、有意義な人生は得られません。行動とセットになることで、初めて価値に従った人生を送れるようになるのです。また行動してみてその結果を見ることで、価値と考えたものが、実際にそうだったかを知ることができます(価値と考えたものが、そう思い込んでいただけであれば、過度に疲れてしまったりする)。そのためにはSMARTなゴールを設定することが重要とされています。

SMARTなゴールの設定

S=Specific(具体的):「いつ・どこで・誰と・何を」を具体的に決めます。

M=Meaningful(有意義):自分の価値に沿ったゴールになっているか検討します。

A=Adaptive(適合的):このゴールを達成すれば人生が豊かになるか検討します。

R=Realistic(現実的):自分の能力や状況などをふまえて現実的に達成可能か検討します。

T=Time-framed(期限が決められている):いつまでに達成するかを決めます。

自分で決定・行動することで、思考や感情に取り込まれず、人生の主導権を取り戻すことができます。

対応関係にある病理的プロセスは、「機能しない行動」です。

ACTではこれら6つのコアプロセスを増やしていきますが、それらがバランスよく実行される状態を「心理的柔軟性」と呼んでいるわけです。

ここで注意したいのは、これらの6つのコアプロセスは、必ずしもそれぞれ順番に取り組んでいく必要はなく、6つを踏まえて総合的にアプローチしていくことが重要ということです。

不快な思考は消し去るべきだと思っていたのですが、それらをコントロールしようとせずに当面そのままにしておくこと、そして、自分の価値に従った行動を取るということは、幸せに生きる上でとても合理的なように思えました。

こうしてみてみると、理にかなっていますよね。何より大切なのは、人生を有意義に送ること。ACTは全てそこから出発する理論なのです。

ACT(Acceptance and Commitment Therapy)のエビデンス(効果)と、活用されている領域

さて、ここからACT(アクセプタンス&コミットメント・セラピー)が今現在、どのような領域でどれくらい活用されているかを見て見ましょう。ACTは幅広い領域で実践され、その効果が証明されています。

■医療領域

医療の領域では、強迫性障害・不安障害・慢性疼痛・精神病などの疾患についての一定のエビデンスが示されています。(※2)また、摂食障害の方にACTを実践して症状が軽減されたケースも報告されています。(※3)

ACTは「症状とうまく付き合う能力を手に入れることでの苦痛軽減」を目指すものですが、症状を恐れず上手に付き合えるようになるに伴って症状自体も和らいでいくケースも多いようです。

■産業領域

産業領域ではACTと生産性やパフォーマンスの関連についての研究も行われています。

例えば、2016年に顧客クレーム対応窓口業務に従事する従業員を対象にACTの考え方を取り入れたストレスマネジメント教育を実施したところ、教育前後で、仕事に対してイキイキと働けているかどうかを測る「ワークエンゲージメント」という指標が改善していることが分かりました。(※4)

また、2018年に勤労者を対象に行われた研究では、心理的柔軟性が高くなるほど生産性やパフォーマンスも高くなる傾向が示されています。(※5)

■教育領域

そのほかにも大学のキャリア教育(※6)や中学生の学校適応向上(※7)など、教育領域でもACTは活用され、研究が積み重ねられています。

また、子ども向けのACTの本も出版されており、少しずつ取り組みが増えている領域です。

ACTの今後の展開

イギリスでは高齢者に対するACT(アクセプタンス&コミットメント・セラピー)の適用についても研究され始めています(※8)。高齢者は身体機能が衰える、身近な家族を亡くすなどコントロールできない問題を抱えやすい存在です。そのため、高齢者は抑うつや不安などの精神症状を呈することもあります。そんな高齢者にACTを適用できれば、自分らしく満足のいく人生を全うできるでしょう。

また、難しい説明を必要としないACTはエクササイズの内容を工夫すれば小さな子どもでも遊び感覚で楽しく実践できるかもしれません。

ACTは年齢や立場などを問わず広まっていくのではないかと考えられます。

ACTが有効であることを示す研究がさまざまな領域でなされているのですね。

これからエビデンスを積み上げて、現場での活用がもっと進んでいけば良いなと思います。

ACT(アクセプタンス&コミットメントセラピー)を学べるおすすめの本・アプリ

ACT(アクセプタンス&コミットメント・セラピー)をもっと知りたいという方におすすめの本を3冊ご紹介します。

■ラス・ハリス(著)幸福になりたいなら幸福になろうとしてはいけない:マインドフルネスから生まれた心理療法ACT入門 筑摩書房

ACTのコンセプトとテクニックが分かりやすい言葉で書かれています。初めてACTに触れる人におすすめです。

■スティーブン・C・ヘイズ、スペンサー・スミス(著):ACT(アクセプタンス&コミットメント・セラピー)をはじめる セルフヘルプのためのワークブック 星和書店

ACT開発者のスティーブン・ヘイズらによるワークブックです。豊富なエクササイズでACTを体験的に学べます。

熊野宏昭(著):マインドフルネスそしてACTへ 二十一世紀の自分探しプロジェクト 星和書店

ACTにおいて重要な要素である「マインドフルネス」を、その源流である仏教の教えを照らし合わせながら解説する、知的好奇心がくすぐられる一冊です。ACTとマインドフルネスの基礎を学ぶことができます。

ACTが実践できるアプリ「Awarefy」

弊社と熊野先生の研究室で共同開発しているのが、Awarefyというデジタル認知行動療法アプリです。Awarefyには、認知行動療法やACTの理論をベースにした機能が多数組み込まれており、アプリを通して気軽にACT(アクセプタンス&コミットメント・セラピー)の6つのコアプロセスに取り組むことができます。

図8 アプリ「Awarefy」で実践するACT の6つのコアプロセス

<Awarefyの機能紹介>

①チェックイン・チェックアウト

朝と晩に、「心と体」の状態を記録、体調の良し悪しや睡眠不足、メンタルの状態など、コンディションを記録に残すことができます。

②感情メモ

感情が動く出来事があったら、気持ちを書き出して「感情メモ」として記録できます。感情メモでは、出来事、思考、感情を分けて記録することができ、書けば書くほどにデータとして蓄積され、可視化することができます。あとから客観的に振り返ることで、自分の思考パターンに気付きやすくなります。

③ToBeリスト

日々の「ありたい姿」を設定し、振り返ることができる機能です。「やるべきこと(ToDo)」ではなく、あくまで自分が「ありたいこと(ToBe)」を設定します。

日々取り組むことで「自分にとって好ましいToBeは何か」や「ToBeに向かうことを妨げているものは何か」などを考え、ありたい自分に近づいていくことができます。

④セルフケアメモ・レパートリー

自分だけのストレス対処方法(コーピング)や、自分を労る心のケアの方法、その記録を書き貯めることができます。

⑤週間レポート

毎週届く、1週間の記録を分析したレポートです。1週間で自分の感情の動き・アップダウンを認識してふり返り、内省することができます。

⑥音声ガイド

マインドフルネス瞑想を始めとした60種類以上のメンタルケア・トレーニング・学習コンテンツが搭載されています。(※一部有料)臨床心理士・公認心理師・マインドフルネスコーチなどの専門家が監修しており、初心者でも気軽に実践できます。

このように、Awarefyに搭載されたそれぞれの機能を活用すれば、ACT(アクセプタンス&コミットメント・セラピー)の6つのコアプロセスを増やすことを自分で実践することができます。気になる方は、ぜひ試してみてください。

デジタル認知行動療法アプリ「Awarefy」

日々のメンタルケアを、アプリで取り組みませんか?

「Awarefy」は、日々感じたことを簡単に記録でき、感情や体調の変化を見える化します。マインドフルネス瞑想の実践や、心の働きについて学べる200種類以上の「音声ガイド」も充実。認知行動療法に基づく安心の機能で、あなたのメンタルケアをサポートします。

感情を見える化して、自分をもっと理解する。心のセルフケアアプリ「Awarefy」をぜひお試しください。

デジタル認知行動療法アプリ「Awarefy」

Awarefy の Webサイトはこちら:https://awarefy.app/

ACTの全体感を掴むことができました。今回学んだことを、少しずつ日々の暮らしの中に取り入れていきたいと思います。

いいですね。ACTの説明の中にもあった通り、行動しなければ何も変わりません。実際にカウンセリングに行ってみるのも良いでしょうし、アプリを通してマインドフルネス瞑想から初めてみるのも良いでしょう。ぜひ、続けていきましょう!

(記事:佐藤セイ、編集:秦正顕、監修:熊野宏昭)

監修:熊野宏昭
早稲田大学人間科学学術院教授
早稲田大学応用脳科学研究所所長、日本マインドフルネス学会副理事長、日本不安障害学会理事、日本認知・行動療法学会評議員、日本心身医学会評議員、他。東京大学博士(医学)。
「新世代の認知行動療法」日本評論社 2012年、「マインドフルネスそしてACTへ:二十一世紀の自分探しプロジェクト」星和書店 2011年などACTに関する著書多数。

<参考文献>

※1 ラス・ハリス著・武藤崇監訳「よくわかるACT アクセプタンス&コミットメント・セラピー」 星和書店 2019年

※2 SOCIETY OF CLINICAL PSYCHOLOGY「PSYCHOLOGICAL TREATMENTS」

※3 増田暁彦・武藤崇・スティーブンヘイズ・ジェイソンリリス「アクセプタンス&コミットメント・セラピーの実際―日本人クライエントへの適用事例―」p137-148. 行動療法研究 34(2) 2008年

※4 木村美樹子・大月友「アクセプタンスおよび価値の明確化を取り入れたストレスマネジメント教育が顧客クレーム対応窓口要員のワークエンゲージメントに及ぼす影響」p121 人間科学研究 29 2016年

※5 戸澤杏奈・土屋政雄・松永美希「仕事における心理的柔軟性とメンタルヘルスおよびパフォーマンスとの関連」p286-287.  日本認知・行動療法学会第44回大会プログラム・抄録集 2018年

※6 古田克利「アクセプタンス&コミットメント・セラピーを応用したキャリア教育効果の検討」p19. 日本マインドフルネス学会第1回大会 2014年

※7 石津憲一郎「アクセプタンスと価値に着目した思春期・青年期の学校適応を向上させる教育支援」

※8 木下奈緒子「アクセプタンス&コミットメント・セラピーのこれから」p5-8. 心理学ワールド 87 2019年