Braintech2019は、2年に1度の「脳のテクノロジー」の祭典

2019年3月4日から、二日間に渡って開催された、「脳のテクノロジー」の祭典、Braintech2019に参加して参りました。

まだまだ解明されていない部分も多い「脳」。「攻殻機動隊」などのSF映画の中では、脳を拡張した人類の話などが描かれていますが、実際のところはどこまで進んでいるのでしょうか?

Braintech2019には、そんな最先端の脳科学について、科学者やスタートアップ、起業家、臨床医、投資家、政府関係者など、ジャンルを超えたキーマンが集結し、様々な発表を行っていました

二日間に渡って、30以上のセッション(スタートアップ・コンテストまで入れると40以上)が行われたこのイベントに、ニューロマインド編集部が迫りました。

Excellent Brain社のADHD向け集中力トレーニングデバイス。
集中すると脳波が検知され、クマが走る走る。

脳刺激、ニューロ・ウェルネス、デジタル治療…。ブレインテックカンファレンスの5つテーマ

ブレインテックは、かなり広い領域にまたがります。大きく、下記の5つのテーマでの発表がなされていました。

1. 脳刺激・ニューロモデュレーション
脳に刺激を与えて、脳活動を治療・調整などをするアイデアです。

BMI(ブレイン・マシン・インターフェース)という技術を使い、 脳内に直接電極を埋め込む侵襲式ものと、頭皮などから間接的に刺激を与える非侵襲式のものなど、様々な方式のものが有りました。

2.ニューロ・ウェルネス
脳にまつわる快適さ・健康を追求するテーマ。
VRを使ったリラックスサービスや、ニューロフィードバックを使ったパフォーマンスの向上などの事例がありました。

3.デジタル治療
薬ではなく、デジタルデバイスなどを活用した治療方法についてのアイデアです。ニューロ・ウェルネスに近いですが、実際の治療が主な目的になります。

4.臨床現場とブレインテック
臨床現場で、ブレインテクノロジーを使う事例、倫理の問題や導入のハードルの議論がなされています。

5.計算神経科学AI
脳活動を計測・刺激するといった、コンピューターと脳を連動させるアイデアです。脳波計などのIoTデバイスの利用のためのSaasサービスや、脳活動のモニタリングや診断をAIで行うようなテーマもありました。

具体的な発表内容をいくつか、ご紹介します。

電気信号で脳を刺激するDBS、ニューロモデュレーションなどのスタートアップ

脳を頭皮、あるいは脳内に直接デバイスを埋め込んで、刺激を行う研究もいくつかありました。

DBS(Deep Brain Stimulation)は、電極を脳内に埋め込むことで、脳の様々な疾患を改善する技術。まだまだ発展途上の技術ですが、ケースによっては劇的な症例改善もあるようで、患者の回復ぶりを示す動画が流れていました。

DBSの適用は、様々な種類の脳疾患に広がる。(※1)

刺激する部位によって効能も違うようですが、例えば視床下部にDBSで刺激を行うことで、脳のショート状態を回復し、パーキンソン病の治療に役立てる、というものなどがあります。上図のように、その適用範囲は脳卒中、痴呆、依存症や不安症といった領域に広がっていくそうです。

スタートアップのniaは、DBSのためのプラットフォーム。脳へのインプラント+刺激発生機+耳に付けるバッテリーで構成され、脳損傷やてんかん、パーキンソン病やアルツハイマーへの適用が期待されます。既に、160万ドルを調達済みとのこと。

niaは外傷性脳損傷の治療用DBSデバイス。(侵襲式)
今後はうつ病、パーキンソン病、アルツハイマーなどへの活用を目指す。

また、こちらもスタートアップのNeuroliefは、脳内ではなく、頭皮から脳刺激を行う、ニューロ・モデュレーション(調整)ツール。

ヘッドセットから、プログラム制御で行い、6つの刺激チャネルで治療を行います。うつ病の治療実験では、90%の患者にHDRS(ハミルトンうつ病計測スケール)スコアの改善が見られたそうです。将来的には、偏頭痛、ADHDや不眠症の治療に応用する計画とのこと。

Neuroliefは6チャンネルでニューロ・モデュレーションを行う。頭皮を通しての刺激。(非侵襲式)

脳内に電極を刺すようなデバイスは外科手術が必要であり、健康な人に対して行うようなものはイスラエルでもまだまだ見つけられませんでした。しかし、手術不要な非侵襲式の刺激ガジェットは、治療目的以外のものもいくつか展示があり、今後更に広がっていくのではないでしょうか。

VIELIGHT
VIELIGHTは電気刺激ではなく、近赤外光で脳と鼻腔内を刺激するガジェット。アルツハイマー症の治療や、健康な人の記憶力の向上に適用(臨床実験中)。

鼻の穴、左と右のどちらが優位?活動と休息のモードを測る「Moustache(ヒゲ)」

イスラエルのワイツマン科学研究所では、「鼻呼吸」が脳の頭頂後頭溝と連動し、活動とパフォーマンスを調整する役割をになっていることを示しました。

ワイツマン科学研究所の、鼻呼吸の脳パフォーマンスへの影響に関する研究。(※2)

例えば、ある種のタスクを行う場合、そのタスクの開始のタイミングに合わせて、鼻呼吸をすることで、パフォーマンスの向上が見られる、ということをしましていました。確かに、アスリートなどは本能的にこれを実行しているように思います。

特に面白いのが、左右の鼻の穴は、非対称的に使われおり、どちらの鼻の穴が優勢なのかによって、身体が活動的なのか、休息的なのかのモードが変わる、という話。

このモードは、自然に2.5時間毎に入れ替わっているそうです。

右の穴が優位な場合交感神経モード、つまり活動的な状態となり、左の穴が優位な場合は副交感神経モード、つまり休息的な状態とのこと。

このモードは、「思考の内容」でコントロールできるそうで、例えば「空間的」なことを考えると活動的になり、「言語的」なことを考えると休息的な物になります。

そして、意識的に、思考の内容を、空間的なものにするのか、言語的なものにするのかで、このモードをコントロールすることもできると言います。発表では、そのコントロールをサポートするガジェットとして、鼻の下に付ける「Moustache(ヒゲ)」というデバイスを紹介していました。

「Mousthache」鼻の穴は交感神経優位か、副交感神経優位か?を測る(※2)

脳関連のIoTデバイスを操作するためのSaaS「Intheon」

脳波を測定するEEGや、脳の血流を測定するfMRIなどの発展とともに、それを簡単に使うプラットフォームなども出てきているようです。

その中でも注目したのは、Intheon社のツール群。

Intheon社は、ブレインテックに関するIoT機器のデータの計測や集計、制御などをクラウド上で行えるSaasの開発を行っています。

ブレインテック関連の開発には機器との連携開発などに多くの時間がかかるため、スタートアップにとって非常に難しいものでしたが、Intheon社はそれを行いやすくするサービスを提供しています。

スタートアップにとって、時間は最も貴重な資源ですが、Intheon社のツールは、それを乗り越える助けになります。

IntheonのNeuroPypeを使うと、機器の様々なデータをパイプライン処理で構築することが可能。

EEG、アイトラッキング、モーションキャプチャなど、20以上のハードウェアデバイスのデータストリームを処理することができ、それをGUIでパイプライン処理をすることが可能。

CEOのティムは元教師。後日、私も彼と一緒にテルアビブ郊外のベングリオン大学のハッカソンに参加したのですが、ティムが学生にかなり手取り足取り丁寧に教えている姿が印象的でした。

ベングリオン大学のハッカソンで学生に教えるIntheon CEO Tim Mullen氏(中央)。
ハッカソンで、一番働いているのは彼でした。

「病は気から。」ドーパミンが放出されると、免疫力が強化される。

テル・アビブ大学やサゴール脳研究所の共同研究は、免疫力を高めるために、脳の「報酬系」が有効である、という実験を発表しています。

「報酬系」は、神経伝達物質のドーパミンを出す部分。人が欲しいものを得たときなどに刺激される領域です。簡単に言うと、「よっしゃ!と思うと、身体の抵抗力があがる」という内容。

報酬系のトレーニングは、被験者の脳波を元に表示内容が変わるゲームをすることで行っていきます。

トレーニングした被験者の血漿中では、B型肝炎の抗ウィルス免疫が活性化し、ウィルス増殖の抑制につながったとのことです。

ドーバピンを司る脳の「報酬系」が、抗菌免疫を活性化する。(※3)

「病は気から」と言われますが、実験によってそれが証明されたというのは面白いですね。心と体がつながっているのです。

Googleの医療領域での取り組み

さて、Braintech2019には、Google社の発表もありました。Googleには「Google Medical Brain」という、医者・研究者・エンジニアなどの専門家が集まるチームがあります。彼らは、医療領域でのGoogleのテクノロジーの適用を目指しているそうです。

Google Medical Brainチームは、多様な専門家から医療分野の問題解決を行う(※4)

Googleが目指すのは、世界中で安価で正確な医療サービスを提供できること。
マシンラーニングの技術を用いて、精神科医、患者、医療機器メーカーなどに、劇的に役立つシステムを提供したいと考えているそうです。

背景にあるのは、医師などの専門家の不足。先進国のアメリカですら深刻な問題で、4人に1人は医療ケアが受けられない状況とのこと。その上、受けられたとしても、医療の質の問題で命を落とす人が、毎年800万人に上るそうです。なおかつ、アメリカの病院は平均利益率が2.7%という薄利に苦しんでおり、そうした問題を解決するために、

・良い治療
・安価
・使いやすい
・楽しい。(これが入るのがGoogleらしいですね!)

という、4つの狙いでAIの活用を考えているそうです。

事例としては、糖尿病性の盲目診察と、乳がんの腫瘍発見でのAI活用が出ていました。

医師の診断のサポートを、AIで行っていく。(※4)

ブレインテックとは少し異なる文脈ですが、AIと医療の融合が、新しい世界を築くことになる予感をさせる発表でした。そのうち、Android端末で写真を撮るだけで、病気が診断できるような世界になるかもしれませんね。

ブレインテックのエコシステム

Braintech2019を取材して感じたのは、イスラエルやアメリカのスタートアップが、とても多様性の高いチームを組んでいること。ビジネスサイドやエンジニアだけでなく、医者や科学者などがチームを組んでいることは珍しくないようでした。

また、ブレインテックは医療の領域でも関わるため、認可の適用には慎重さが要求されると思うのですが、「Bench to Bedsideから、Bedside to benchへ」、つまり、研究室から臨床現場への流れだけでなく、臨床現場から研究室への流れというのも、必要な考え方だということが強調されていました。

そうした両サイドからのアプローチが、イスラエルやアメリカでのブレインテックの発展を牽引しているのかもしれません。

EEG(脳波計)デバイスのプロトタイプをつくることができるg-tec

※1 NEURAL CO-PROCESSING: SHIFTING OUR MINDSET FROM MODULATING TO RESTORING DISEASED BRAIN CIRCUITS / Timothy Denison, Royal Academy of Engineering Chair in Emerging Technologies, Department of Engineering Science, Nuffield Department of Clinical Neuroscience, MRC Brain Network Dynamics Unit, Oxford University (UK)

※2 SPOTLIGHT ON APPLIED NEURO WELLNESS RESEARCH / Noam Sobel Prof., Head, Department of Neurobiology, Weizmann Institute of Science (Israel)

※3 CAN WE TRICK OUR BRAINS TO BE HEALTHY? / Talma Hendler, Prof., School of Psychological Science, Faculty of Medicine, Sagol School Neuroscience, Tel Aviv University; Director of the Sagol Brain Institute, Wohl Institute for Advanced Imaging, Tel Aviv Sourasky Medical Center (Israel)

※4 GLIMPSE OF HEALTH RESEARCH AT GOOGLE / David Ben Shimol, MD, Health Technologies Lead, Research at Google, USA