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イギリスで発祥し、うつ病、PTSD、社会不安、双極性障害、摂食障害など幅広い患者さんを対象に、効果が実証されている「コンパッション・フォーカスト・セラピー」(Compassion Focused Therapy、以下CFT)。

日本ではまだあまり知られていないセラピー技法だが、東京成徳大学大学院心理学研究科准教授の石村郁夫先生は、「コンパッション・フォーカスト・セラピーは一過性の対処法ではなく、その人を一生支えるスキルを獲得できるようになる」と話す。

今回はコンパッション・フォーカスト・セラピーのメカニズムや、一般の人に応用できる考え方などについてお話を伺った。

「コンパッション」を単純に日本語に訳すと「慈悲」や「共感」といった意味になるかと思いますが、「コンパッション・フォーカスト・セラピー(CFT)」の中では、日本語で考えるとどんな言葉に近いのでしょうか。

「コンパッション」は「慈悲」と訳されますが,それだけでは収まらない意味があると思っています。賛否両論あるとは思いますが,わたしはそのまま「コンパッション」と使っています。患者さんなどに説明するときには、「自分や他者が苦しんでいることに気づくことと、それを積極的に和らげようとすること」という2つの側面があると伝えています。実は、ダライラマ14世の言葉の引用です。

なるほど、多面的な意味を持っているんですね!イギリス発祥の心理療法に、仏教的な文脈が出てくるのが面白いですね。では、CFTの詳細について、お伺いさせてください。

重症患者の治療のための試行錯誤の日々の中、コンパッション・フォーカスト・セラピーに感じた可能性

コンパッション・フォーカスト・セラピー(CFT)の専門家、石村 郁夫先生(いしむら いくお)/ 東京成徳大学大学院心理学研究科准教授

——まずは石村先生がCFTに出会ったきっかけを教えてください。

大学院時代に担当させていただいた患者さんの中に、希死念慮(※死にたいと願うこと)をもつ方がおりました。そこでは、カウンセリングや認知行動療法などの従来のアプローチでは限界を感じていました。そんな中、自分に求められているのは技術だけではなく、「治療者としてどうあるべきか」などもっと哲学的な部分だなと心底思ったんですね。

「死にたい」という人に対して、自分がちゃんと腰を据えて向き合って話を聞けるのか、その辛さをひとりの人間としてしっかりと受け止められるのかという、自分の在り方がむしろ問題なのだ、と学ばせていただきました。

大学院時代からお世話になっている「あいクリニック神田」では、様々な症状をもつ患者さんを担当させていただきました。すぐに良くなる患者さんもいれば、そうでない患者さんもいる。もちろん、認知行動療法など様々なアプローチで対応させていただき、改善が見られないという方もいらっしゃいます。

そんなときに、国内外のさまざまな研修会に出たりしていて出会ったのが、イギリスのダービー大学で臨床心理学の教授をしているポール・ギルバート博士が提唱した「コンパッション・フォーカスト・セラピー」です。2014年にデンマークで開催された彼のワークショップに参加したのですが、「ああ、これだ」という直観がありました。ワークショップに出てコンパッションを体感することでまず自分自身が癒されましたし、「これは誰にでも効きそうだな」という衝撃が走りました。痒い所に手が届いているというか、求めていたものはこれだったというか。

——試行錯誤をする中での、運命的な出会いだったんですね。

そうですね。その後、毎年開催されるワークショップに参加させていただき、2017年にダービー大学大学院のポストグラジュエイトコースに進学し、本格的にCFTを学びはじめました。もちろん、治療でも実践するようになりました。

——治療の手ごたえはいかがでしたか?

かなりありました。特に、長期間悩んでいた患者さんの症状が良くなりました。また、患者さんもその効果について手応えを感じて頂いたと思います。それでCFTをもっと日本に紹介したいと思って、書籍を翻訳したり、コンパッション・フォーカスト・セラピーのワークショップを開催したりするようになりました。

コンパッション・フォーカスト・セラピーは患者さんも、治療者も、社会全体も良くしていける

——石村先生に「運命的な出会い」と言わしめたCFTの特徴とは? 他の治療とはどこが違うのでしょうか。

CFTは、一言で言うと、自分の苦しみに向き合ってしっかりと痛みを感じ取り、それを癒していく温かい治療法です。

そもそも人間は、悲しみや苦しさを感じたくないし、考えたくないし、脇に置いて生きていきたいんですよね。そうデザインされているんです。だから苦しかったり悩んだりする状況下では、お酒に走る場合もあります。考えたくないし、忘れたいですし、その痛みや苦しみを見ないようにするのです。

臨床症状に対する治療技法で効果が高いものは、多くがエクスポージャー(暴露)系の方法(※ 不安の原因になる刺激に段階的に触れることで不安を消していく方法)です。CFTのアプローチもエクスポージャーと同じように「安心・安全感」を育むことで、自分の抱えている不安や様々な感情について徐々に対処できるようになっていきます。

CFTの場合は治療者自身も自己研鑽・トレーニングとして慈悲の瞑想を練習するなど日常生活の中でコンパッションを体現することが推奨されています。その結果、患者さんにとって安心・安全な環境を提供しやすくなります。治療者自身も穏やかになってくるので、バーンアウトの予防・改善にもなります。

さらには、コンパッションを育んでいく過程で、クライアントさんはまわりの家族や人たちにもコンパッションが伝わりやすくなっていきます。コンパッションのトレーニングを受けた人たちや治療者はまわりにコンパッションを実践していくので、それがしっかりと広がるほど社会全体が良くなっていくという期待もあるのです。絵に描いた餅かもしれませんが、患者さんだけでなく、治療者や社会全体に広がっていく可能性を秘めていることは実は素晴らしい理念だと感じています。

例えば、学校でのいじめ、パワハラやセクハラといった職場の問題、夫婦関係の不和の問題なども、コンパッションのトレーニングによって問題が改善するという研究報告がいくつも発表されています。予防的効果もあると思います。

——コンパッションの考えかたが社会全体のウェルネスにもつながっていくんですね。

コンパッション・フォーカスト・セラピーは、臨床症状をもつ患者さんのための心理療法でセラピーです。コンパッションを単に高めるのではなく、コンパッションを育むことで非機能的になった感情調整を元に戻し、最終的には苦しみを軽減することに主眼を置いてます。

患者さんにもコンパッションの考えかたを知ってもらえるため、治療者とともにコンパッションの価値観を共有し、一緒に取り組めることはとても良いと思っています。この名称もすごくいいなと思っています。

得意なところから伸ばしていけばOK

——CFTはどんな人に有効なのでしょうか。

元々は慢性的なうつ病の治療として、恥や自己批判が強い患者さんを対象に開発されてきた経緯があります。

現在、論文を読むとかなり守備範囲が広く、統合失調症、強迫性障害、不安障害、PTSD、摂食障害、ドラッグやアルコール、依存症などなど、精神的なあらゆる疾患が対象になり得る結果がエビデンスとして出ています。

こうしたこころの問題や苦しみを抱えている方は多いため、CFTは非常に多くの方々に有効なのではないでしょうか。

——個人的にはソフトなアプローチな分、他の治療と比べて期間と時間がかかりそうな印象をうけましたがいかがですか??

私の実感としては、治療効果が現れるのは他のセラピーよりも早いと感じています。また、CFTのセラピーを受けると再発する可能性が低いという印象を持っています。理由としては、本人が悩んでいるポイントに直接触れていくのでからで、そのことにより大幅な改善があるのではないかと考えています。

——実際の治療の流れは、どういう感じで進んでいくのでしょうか。

標準的なプログラムだと、1回90分から120分のセッションを毎週12回から16回行います。

初回には、先ほど説明したコンパッションの2つの要素の説明をしたり、練習が大事という話をします。

トレーニングは「コンパッションのはしご」といって、はしごの一番下のマインドフルネスから、その次の呼吸法、安全な場所をイメージできるようにする、優しくされた記憶を思い出す、など、はしごの下から上に向かって、練習していきます

コンパッション・フォーカスト・セラピー(CFT)の概念、コンパッションのはしごについて。
コンパッションに満ちた理想の他者
コンパッションの自己
コンパッションの記憶
安全な場所のイメージ
心地の良いリズムの呼吸
マインドフルネス・エクササイズ

——ステップが具体的にあるんですね。はしごのどこかでつまずいたら先に進めないのですか?

いえいえ、つまづいてもいいんですよ。自分の得意なところ、集中してできるようなところを何回も何回も練習していくイメージです。

やさしくされたのに、やさしくされなかった記憶がよみがえる!?

ただ、コンパッションを高める練習をすると、途中で違和感が出てくるケースもあります。

——コンパッションを高めるのに違和感が出る? どういうことでしょうか。

私たちの研究グループが行った調査では、温かい記憶を思い出すと、逆に拒絶された記憶を喚起したり、集中できなくなったりする人が、10人にひとりくらいの割合でいることがわかりました。セルフ・コンパッションをやろうとしても、逆に厄介な脳のしわざでうまくいかず自分のダメなところを探し始めるんですね。。

子どもの頃に「甘えたい」という欲求を拒絶された経験があると、温かさを向けられたときにどう受け止めて良いのかわからないので回避しようとしたり、また、見捨てられるのではないかと「怖い」と認知したりして、向けられたその温かさを拒否しようとするのです。

このように、やさしくされたときに、やさしくされなかったときの記憶やみじめな気持ちになった過去を思い出して不快になるのは、その思い出への回避と不安が発動した、一種の防御反応です。この場合、治療者は「あなたの抵抗感や違和感はよくあることですから、一緒に練習していきましょう」とお話しして、サポートをしていきます。

コンパッション・フォーカスト・セラピー(CFT)の中で、コンパッションが活性化されるとおきる概念図。
コンパッションへの抵抗がでてしまうケース

思いやりへの反応の5分類

——人によっては、思いやりに拒否反応を示すことがあるんですね。

はい。こちらの「思いやり反応尺度」を見てください。これは、思いやりを向けられたときの反応を5つに分類して整理したものです。

反応① 温かさ:温かさを感じる

反応② 違和感:やさしくされる価値はない

反応③ フラッシュバック:過去の記憶が思い出される

反応④ 回避:距離をとって反応する

反応⑤ 不安:見捨てられ不安を感じる

という5つに分類しています。

コンパッション・フォーカスト・セラピー(CFT)で使われる、思いやり反応尺度について

——先ほどのケースは④と⑤のスコアが高い人ということですね。どんな特徴があるのでしょうか?

実は、④回避は専門用語では「親密性の回避」、⑤不安は「見捨てられ不安」と名前が付くものに対応します。親などの養育者との関係で形成されるものです。患者さんや一般の方、われわれ心理士も同じように高い人は結構います。

CFTに限らず心理療法の効果を高めるにはセラピストへの信頼関係であるといわれています。そのため、①の「温かさを感じる」という反応が少ない場合は、まずはしっかりと思いやりや温かさを受け止めることを練習することが大事になっていきます。

——思いやりへの反応が、治療の結果を左右するんですね。ちなみに、練習次第で①温かさの反応を高めることはできるのでしょうか?

はい。愛着システム(④親密性の回避,⑤見捨てられ不安)を乗り越えると、さらに待っているのが②違和感と③フラッシュバックです。この反応では、からだ全体で人からの思いやりを素直に受け止められません。

でも、太陽と北風の話ではありませんが、ただ人から温かくされると、案外素直にうれしいものなんですよね。相手からの思いやりを素直に受け止められるようになると、①温かさを感じる反応が高くなり、徐々に治療も進んでいきます

コンパッションはどこから高めていっても良い。セルフ・コンパッションが高まると、相手にもコンパッションを向けられる

——ある意味、思いやりを素直に受け容れられる状態ですよね。人間関係も良くなっていきそうです。

その通りです。コンパッションには、「セルフ・コンパッション(=自分へのコンパッション)」「他人へのコンパッション」「他人からのコンパッション」の3つの流れがあります。

コンパッション・フォーカスト・セラピー(CFT)での、コンパッションの3つの流れ
コンパッションの3つの流れ

ここからが興味深いところですが、私たちの脳は「自分と他人を区別しない」と言われています。

実際、脳の研究で脳活動を調べるfMRIを使ってとってみると、「②他人へのコンパッション」と「③他人からのコンパッション」は両方とも共感性を司る同じ「(とう)()(しつ)」という脳の部分を活性化することがわかっています。

この「自分と他人を区別しない」という概念は、じつはチベット仏教で「チェワ」という言葉で表されており、全く新しい考え方でもありません

——人の痛みを感じ取る「ミラーニューロン」というのを聞きますが、こうした仕組みは生来備わっているものなんですね。

さらにこのコンパッションの3つの流れは全て相関関係にあって、どこかが高まると全体的に高まります。つまり、どこから高めても良いんです

慢性症状を抱えている人の場合は、基本的に「他人からのコンパッション」を中心に高め、まずはセラピストからの思いやりを受け止められるようにしてほしいですが、一般の人は「セルフ・コンパッション」だけでいいと思います。「セルフ・コンパッション」ができるようになると相手に優しくなれます。セラピスト自身も「セルフ・コンパッション」を高めて患者さんへのコンパッションをより高めていくことができます

——自分と相手のコンパッションに相関があるのは面白いですよね。「情けは人の為ならず」ということわざもあります。

怒りの本質は悲しみ。コンパッション・フォーカスト・セラピーとアンガーマネジメントの関係

コンパッション・フォーカスト・セラピー(CFT)の専門家、石村 郁夫先生(いしむら いくお)/ 東京成徳大学大学院心理学研究科准教授

——先生はアンガーマネジメントについての本も書かれていますね。CFTとアンガーマネジメントはどういう関係にあるのでしょうか。

怒りという感情について、私たちは「怒り」としか認識しませんが、その怒りが本当のコアな気持ちなのか、「弱さや悲しみなどの不快感情を感じにくくさせるカムフラージュされた」気持ちなのかを見極めなくてはいけません

幼少期の怒りの例がわかりやすいと思います。幼児が「自分の欲求を満たしてくれない」と怒っている場合、その怒りの本質は、「甘えたい」「愛されたい」「気にかけてほしい」などのニーズが潜んでいます。むしろその怒りを正しく表現するならば、「かまってくれなかったから悲しい」ともいえます。幼児はこれらの「一次感情」である悲しみをストレートに表現できないから、「二次感情」として怒っているのです。怒りは何か別の感情をカモフラージュさせている二次感情であるかもしれません

例えば、DVの加害者の多くも幼少期に傷つき体験があるかもしれません。奥さんに対して「本当は大事にされたい」「もっとかまってほしい」と思っているかもしれません。幼児期に得られなかった愛情を奥さんに求めているのかもしれません。しかし、それが得られないから、「悲しい」という気持ちがあまりにも痛々しいので目を背けて、怒りという形で、モラハラをしたり、暴力をふるったりしているのかもしれません。

——理由なき怒りに見えても、奥底の原因があるんですね。

まわりの人は怒っている人に近づきたくないですよね。結局、怒っている人からは人がどんどん離れていきます。同時に、孤独を感じているかもしれません。怒りの背景にあるコアな「悲しみ」や「孤独」である一次感情に対して「嫌だったよね」「本当は構って欲しかったんだよね」とまず共感します。そして、CFTでは、怒りの背景にどんな傷つきや苦しみを抱えているかにちゃんと目を向ける練習していきます。本人も感情的になりすぎていると、冷静さを欠いて、怒りの背景に「さみしさ」「悲しみ」「弱さ」などの気持ちを抱えていることすら気づかないですよね。

だからコンパッションのアプローチは怒りにとても効果があります。例えばアメリカの刑務所で終身刑になった人たちを対象にしたグループセッションでコンパッションアプローチが実施されていて効果を上げています。

——なるほど。コンパッションの定義である「自分の苦しみにしっかりと目を向けてマインドフルに気づきましょう」という意味でのアンガーマネジメントなんですね。「怒りを感じたら何秒数えましょう」といった対症的なものではなく、怒りを根源的に治していくためにCFTを使うというイメージですね。

もちろん、そうしたスキルもある程度は有効かもしれませんが、本人が怒りの原因をしっかりと認識しない限り、繰り返されます。本人も根底にある感情は気付きにくい。怒りの感情は非常に強く、まさか自分が怒っている理由が幼少期の何かに関連するとは思いもしません。目の前のことに怒っているわけではないのです。

アンガーマネジメントスキルをしっかりと身に付けるためには,自分自身を探っていかないといけません。自分が何に苦しんでいるかとか、自分のコアにどんな弱さを抱えているのかっていうのをしっかりと気付かないと、慢性的に沸き起こる怒りを抑えられません。

——大元の原因となる事象に、自分で気づくことが大事なんですね。

そうです。そうしたことをほかの人に指摘されても受け容れずに拒絶するタイプの人はなおさらです。自分で自分の弱さを見つけていくしかないのです。

グループでセルフワークをやってもよい

——CFTをセルフワークでやるとしたら何かありますか? 今ビジネスパーソンの間で「慈悲の瞑想」が流行っているようですが

人によっては、セルフワークには注意が必要です。セルフ・コンパッションはある意味、蓋をしてきた苦しみや思い出したくない出来事と向き合うので、一時的にはすごくつらい状態になることもあります。

コンパッションに満ちた環境を整えて、蓋を開けても大丈夫だと思えば痛みを直視できます。これを繰り返すと自然に苦しみから解放されていき、自分で蓋を閉じられるようになります。

しかし、例えば幼少期に虐待されたり、親との関係がよくない方を対象に、専門的な知識がない人が不用意にワークを行うと、蓋の閉め方を間違えてしまうこともあると思います。するとせっかく勇気を振り絞ってやったのに「やっぱり蓋を開けなければよかった」と思ってしまい、その後の状態にも悪影響を及ぼすことがあります。

ですから、そうした場合は臨床心理士や公認心理師などの専門資格を持つ人などと一緒に行うことをおすすめします。医者の資格を持っていない人に手術を任せられませんよね。

——なるほど、ではセルフワークなどはやらないほうがいいのでしょうか。

まずは無理はせず、とりあえず自分でやれることはやってみるのは良いかと思います。もしやるなら『コンパッション・マインド・ワークブックーあるがままの自分になるためのガイドブック』(クリス・アイロン著/金剛出版)などのワークブックに書かれている内容を文言通りにコツコツとやっていくといいと思います。グループでやってもいいですよ。

「仕事の後、社内の4人くらいでzoomで集まり、1週間に1章ずつやっています。」というお話もよく聞きますよ。

もちろん、この本に書かれているように、専門家の支援が必要な場合についても書かれておりますので無理は禁物です。

——セルフ・コンパッションといいつつ、やっぱり誰かほかの人がいる中でやることには意味があるんですね。

前述したように、人へのコンパッション、人からコンパッションを受け取る、セルフ・コンパッションの3つは相関関係にあります。ですので、グループで練習するとそれを補完しながら、お互いにコンパッショネイトな状態を高めていけると思います。

実はセルフ・コンパッションは日本人となじみ深い

コンパッション・フォーカスト・セラピー(CFT)の専門家、石村 郁夫先生(いしむら いくお)/ 東京成徳大学大学院心理学研究科准教授

——日本人の多くは自分に厳しく、セルフ・コンパッションが苦手な人が多い印象です。それは他者からの見られ方や評価を気にし過ぎる背景があるのかなと思うんですが、そのあたりは先生はどのようにお考えでしょうか。

日本は恥の文化なので、自分のことをありのままに認めてあげるのは苦手かもしれませんね。自分に思いやりを向けることに対しても、甘えではないかという思い込みもあります。

しかし本当は甘えではなく、自分の弱さに向き合うという、力強い第一歩です。このように考えが修正されてくると、本当に落ち込んだときに自分を責めすぎないという選択がとれるようになります。

——それだけでもラクになりそうです。

コンパッションに満ちた人の振る舞いは、独特のふるまいや行動パターンがあります。それが「八正道」と重なっています。

——「八正道」とは仏教用語でしょうか。

そうです。(しょう)(けん)(しょう)思惟(しゆい)正語(しょうご)正業(しょうぎょう)正命(しょうみょう)正精進(しょうしょうじん)正念(しょうねん)(しょう)(じょう)という、仏教の悟りに至るための8つの道のことです。

CFTの提唱者であるポール・ギルバートは仏教の影響も受けていて、仏教の考え方、コンセプト、やり方を心理療法に部分的に取り込んでいます。

——そう考えると、CFTはイギリス発祥とは言え、日本人に馴染みのある考え方なんですね。

正見・・・物事を正しく見て、正しい見解を持つこと。物事の正しい捉え方

正思惟・・・正しい考え方

正語・・・正しい言葉の使い方や伝え方

正業・・・正しい行動

正命・・・正しい仕事

正精進・・・正しい努力

正念・・・正しい気づき

正定・・・精神統一

(「ストレスに動じない〝最強の心〟が手に入る セルフ・コンパッション」石村郁夫著/大和出版 より)

これからは共感型リーダーの時代

——バリバリ仕事をする人には、精神的にマッチョというか、「自分を褒めるなんて、とてもじゃないけどできません」という人もいるように思います。

本人が心の底からそう考えているのか、あるいは「考えさせられているのか」というのは、区別したほうがいいと思います。実は「目標を達成したい」からそう考えるようになったのではないでしょうか。

人間の脳の構造上、ネガティブなことを避けようとしています。そのため、小さい頃からネガティブなことに対する神経回路が活性化されています。リスク管理が優勢になって、ポジティブな面を考えようとしても、ネガティブな部分がきになってしまう。だからやっぱりトレーニングが必要なんですよ。

——私もビジネスリーダーと言われるような人は数多くお会いしました。人によっては、良く言えば確固たる心、悪く言えば硬直化した考えだからこそ頑張れるというか、サバイブできたような人もいるように思います。セルフ・コンパッションによってその回路が緩むと、逆に社会に適用できなくなるということはないのでしょうか。

確かにサイコパスであるほうが出世するとか、経営者になると非共感的になる、と言われることもあります。

しかし、今はニュージーランドのアーダーン首相など、共感型のリーダーシップが注目されています。ここ最近注目されている「サーヴァント」「弱みを見せられる組織」「心理的安全性」などのリーダーシップや組織開発の理論は、方向としては人の苦しみに寄り添う時代にシフトしている現れなのではないかと思っています。

持ち前のストイックさを残しつつも、これからは共感型のリーダーシップの時代だと考えてはいかがでしょうか。

——マネジメントやリーダーシップでの攻めのスキルとしてのコンパッションですね。

実は、部下のパフォーマンスを高める方法としてもコンパッションはいいですよ。誰だって、部下の悩みに寄り添ってくれる上司がいれば、やる気が出ますし、この人のために働きたいと思いますよね。

感情がマヒしてしまう前に、コンパッション・フォーカスト・セラピーを知ってほしい

——今後の先生の研究の展望をお聞かせください。

まず裏付けとなるデータを取っていきたいです。CFTはとても効果的だという実感がありますが、必ずしもすべてのデータを取れているるわけではないので、よりデータを蓄積して、その効果を実証していきたいと考えています。

——ここまで手法を導入したので、次はエビデンスの裏付けをとっていこうということですね。

そうですね。また、患者さんだけでなく、その治療に当たっている精神科医、心理士、看護師、精神保健福祉士、あとは社会福祉士などの医療従事者、産業カウンセラーやコーチなどの援助職者にも、もっとCFTを広めたいですね。

特に、医療関係者も極限状態に近い環境で一年も働くとバーンアウトして、自身も感情が麻痺してコンパッションが失われて行く傾向にあります。そのようなバーンアウトに陥らないようにするためには、ご自身のためにもコンパッションのトレーニングをしていくといいと考えています。

そういう意味でも、もうちょっとCFTの認知を広げたいなと思っています。

——CFTはどこで学べますか?

現在、「プラスワンラボ合同会社」でセミナーを開催しています。ポール・ギルバート博士のオンラインワークショップを2022年1月下旬〜2月に開催する予定です。

——一般の人も受講できますか?

できますよ。心理士、看護師、介護福祉士、精神科医などの専門職の方が半分、コーチと経営者が半分くらい参加していただいております。セミナーは、コンパッションを学びたいと思う多職種が集まっており、心理士だけではなく視野が広がるのですごく面白いですね。

本日はコンパッション・フォーカスト・セラピーに関して、興味深いお話をありがとうございました!
コンパッションを、温かさを持って受けとめられるように、私も意識するようにしますね。

ぜひ、意識してみてください。コンパッション・フォーカスト・セラピーはまだまだこれからの治療法ですが、先ほど伝えたとおり、広がるほどに社会が良くなっていくものだと考えています。これからも、認知を広げていく活動はしていきたいです。

石村 郁夫先生(いしむら いくお)/ 東京成徳大学大学院心理学研究科准教授

公認心理師、臨床心理士、指導健康健康心理士、あいクリニック神田心理顧問。
筑波大学大学院を修了、博士(心理学)を取得。英国国立ダービー大学大学院ポストグラジュエイトコース修了。2017年1月に東京成徳大学学内ベンチャー規定で承認を受け、「プラスワンラボ合同会社」を設立。現在は,大学教員として教鞭をとりながら、傍らでコンパッション・フォーカスト・セラピー(CFT)など心理士としての臨床実践、ビジネスパーソン向けのメタルアドバイスやカウンセリング、コーチング、研修会などを行う。
「ストレスに動じない〝最強の心〟が手に入るセルフ・コンパッション」(大和出版)など著書多数。「セルフ・コンパッション あるがままの自分を受け入れる」(クリスティーン・ネフ著/金剛出版)など訳書も多い。