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「新型うつ」という言葉を耳にしたことはあるだろうか?

若い人に比較的多く、投薬が効きにくい、職場以外では不調が軽減…など、従来型のうつとは異なる特性から注目を集めるようになっている。

日本大学文理学部心理学科教授で、うつ病研究を専門とする坂本真士先生は「最新の研究で、新型うつと呼ばれる症例の増加には、社会背景が影響している可能性があることがわかってきた。」と明かす。

新型うつに影響を及ぼすその背景とは—?今秋には「新型うつ」に関する長年の研究をまとめた書籍の出版も予定している坂本先生に、従来型うつとの違いや当事者への寄り添い方なども含めて、最新の知見を伺った。

今日は新型うつについて、どういうものなのか。また増加の背景をお伺いしていけたらと思っています。

新型うつという名前が出てから10年ほど経ちましたが、長年の研究で色々わかってきたことがあるので、お伝えできればと思います。

“会社員でない自分”が大事…職場以外では不調が軽減?

——「新型うつ」とはどのようなものなのでしょうか。

まず初めにはっきり述べておきたいのですが、実は「新型うつ」というのはメディアから登場した言葉で、正式な病名ではありません

ただ、こうした言葉が広まるようになった背景として、これまでのうつ病とは異なる新しい特徴を持った「うつ」が相次いで報告され、医療現場で問題になり始めたということは事実です。これまでのうつ病と区別するために、あくまで診断名ではなく、通称として「新型うつ」「現代型うつ」といったネーミングがされ、注目されるようになったのです。2010年頃からのことです。

——「新型うつ」は正式な病名ではなく、あくまで通称なのですね。

そうなのです。今回は「新型うつ」が登場して10年ほど経過した現在の知見から、このような新しいうつの特徴と、一般的なうつ病の特徴をご説明していきます。

ここからは便宜的に、新しい傾向を持ったうつ病を「新型うつ」、元々あった一般的なうつ病を「従来型うつ」という呼称で区別して説明していきます。

まず、従来型のうつは中高年に多く、生真面目で几帳面、仕事熱心な人がなりやすいと言われています。いわゆる模範的な会社員と言えるでしょう。一方、新型うつは20代、30代の若い人が中心で、「仕事への献身性が低い」「社会の規範やルールに縛られることにストレスを感じやすい」などの性格的特徴が見られます。彼らが不調を感じる場所は職場に限られることが多く、休日は元気に過ごせるという点も特徴的です。

さらに「自己自身(役割抜き)への愛着」が強いというのも大きな特徴です。

——「自己自身(役割抜き)への愛着」…ややインパクトのある単語に感じましたが、どのような特性なのですか?

簡単に言うと、会社員としての自分から離れたいという心理です。会社の規範をしがらみやストレスに感じ、会社員としての自分を息苦しく感じます。その役割から離れた自分や、離れている時間を大切にしたい、という志向が病前性格でも指摘されています。

——なるほど。「会社員としての自分以外に、確固たる自分を持っていたい。」みたいなことでしょうか。わかる気がします。

若い人には比較的当たり前な感覚かもしれませんね。会社員の自分と会社の外での自分を持とうという志向ですので、休日は不調が軽減されるのだと考えられます。

——そのほかにはどのような特徴がありますか?

落ち込んだ気分をどのように処理するかや、落ち込んだ気分の表れ方を見ても、違いがあります。落ち込んだときの原因を従来型は「自分のせい」と考えるのに対し、新型うつは「自分は悪くない」と原因を外に見出す傾向があります。従来型は自責、新型は他責と言えるでしょう。

もう一つ、従来型のうつは抗うつ薬を処方すると治療が進みやすかったのに対して、新型うつは部分的な効果にとどまりやすいことも挙げられます。

——新型うつは薬が効きにくいのですね。その原因には何が考えられるのでしょうか。

投薬治療の効果が限定的ということは、発症に及ぼす性格要因が大きいと考えられます。どこからどこまでがうつ病で、どこからがその人の生き方なのかがわかりにくい。これも新型うつの解明を難しくしている要因ですね。

ここまでをまとめると、以下のようになります。

——ここまでお話いただいた特徴から、「新型うつ」をネガティブに取り上げるような報道も多いように感じます。

「新型うつ」は、その特徴から「わがまま」「自分ファースト」「甘え」といったネガティブなニュアンスで捉えられてしまうことがあります。確かに、会社は休んでいるのに休日は楽しんでいてその様子をSNSに上げたり、自分に原因を求めず会社や周りの人に原因があるという考え方をする傾向がありますので、そういったケースを取り上げて「わがままだ」とか「甘えだ」と言って糾弾するのは難くないでしょう。

ですが、事実としてこの「新型うつ」の傾向に当てはまる方は実際に増えていて、彼らは実際に気分の落ち込みや精神的苦痛を抱えています

私の考えとしては、そうした事実がある中で、新型うつを「甘えだ」と安易にジャッジして批判しているだけでは、症状は減っていかないでしょうし、世の中はよくならないと考えているんです。

ではどうすればこのような状態を改善できるのか。私たちの最新の研究で「新型うつ」の登場の背景には、現代社会の時代特性が大きく関係していることが分かってきました。

これまでの研究結果を見る限り、その人本来の性格と、“時代のあり方”が相互に作用して、この新しいタイプのうつを生み出しているのではないかというのが私の考えです。

“時代のあり方”を形作っているのは私たち一人一人ですから、新型うつの社会背景について、これから皆さんで考えていけたらと思っています。

新型うつが生まれた背景①—うつ病の概念の広がりや自己診断の増加が関係

——新型うつの登場には時代特性が大きく影響しているとのことですが、具体的にどんな背景があるのでしょうか。

私たちの研究チームでコンセンサスを得ている、「新型うつ」が生まれてくることになった社会的背景が二つあります。

まず一つが「うつ病の概念の広がり」です。

——「うつ病の概念の広がり」ですか。

要は「うつ病」という言葉が広がり一般的なものになったことによって、「自分はうつ病かも?」と感じられる方が増えたということです。

うつ病の概念が広がったことにはいくつかのトピックスが絡んでいるのですが、その筆頭がバブル崩壊による長期的な不況とそれによる自殺者数の増加です。経済的不況にリンクして、バブル崩壊期に急激に自殺者が増えてしまったのです。このことは当時、全国的に大きな問題となって、まずはとにかくうつ病を減らそうという運動が起こりました。うつ病を予防することで、自殺を抑え込もうとしたわけです。

具体的には、新しい抗うつ薬SSRIの日本発売や、「うつは心の風邪」の大々的なキャンペーンが始まっていきました。

——新しい抗うつ薬の登場や「うつは心の風邪」キャンペーンによって、どのような社会的変化がもたらされたのでしょうか。

心の病というのは、それまで社会通念的に負のイメージが強かったものでした。すなわち精神科への受診へのハードルが高かった。これが、風邪を引いて内科を受診するように、カジュアルに精神科にかかれるような風潮へと変わっていきました。

その結果、病院でうつ病を含む気分障害と診断される患者が“急増”したのです。良い悪いを論じたいということではなく、事実としてそうなったということです。それまでは、うつ病と診断されれば出世に差し支えると考えられていましたから、大きな変化ですよね。

加えてもう一つ重要な変化がありました。

それは、精神科の治療のために「操作的診断基準」というものが作られたこと。これは、どんな症状が出ているかによって病気を分類していく方法で、分かりやすくいうとうつ病のチェックリストのようなものです。精神科の病気というのはさまざまな原因が複雑に影響している場合が多く、原因を特定するのが難しいのですが、そういう現場の事情と、エビデンスを求める時代風潮が影響して、操作的診断基準が作られました。

これをクリニック等がホームページで掲載するようになって、簡易的にセルフチェックを行えるようになったのです。

——セルフチェックができるようになったことは良いことのように思えますが…

直接的には悪いことではないのですが、これによって「自分はうつ病である」と自己診断した方が病院へ行き、診断書をもらって休職するというケースが増加したのです。

ここで留意したいのが、精神科の診断方法です。精神科の診断というのは、整形外科のように、「レントゲンを撮ってここの骨が折れてますね。」というように客観的なデータによって診断をすることが難しく、あくまで症状は本人の主観を持ってしか語られません。

そのため、「自分はうつ病だ」と主張する人に対して、そうではないという診断をするのが非常に難しいということがあります。

——なるほど。精神科の診断は自己申告が中心になるため、本人の主張に左右されやすいということですね。うつ病と診断されたい人は、チェックリストの項目にあえて当てはまりに行くこともできてしまいますね。

おっしゃる通りです。ここまでの論点をまとめます。

まず一つ目が、バブル崩壊後の不況に伴う自殺者数の増加と、それに対応したうつ病を減らそうという動きによる「うつ病」概念の浸透

そして二つ目が、セルフチェックの登場によってうつ病の自己診断がされるようになったこと

こうした要素が作用しあって、うつ病の概念が一気に広まり、うつ病患者数も大きく増加していったのです。

その中には、うつ病かどうか微妙なラインにある症状の方も多く存在していたと考えられます。そういう中で、従来の治療アプローチではなかなか快方に向かいにくい症状の方が出てきたということです。

新型うつが生まれた背景②—キャリアの自己確立を求められ続けた先に

——2つ目の社会的背景はどういうものでしょうか。

高度経済成長期における年功序列、終身雇用の働き方から、成果主義が導入され「キャリアの自立・自律」を前提とした働き方へと徐々に変わってきたということです。特に若い人たちには、最初に就職した会社で定年まで働くという考え方は薄まってきていますよね。

その反対に、「自分の強みを見つけよう」「自分の強みをどんどん磨いていこう」という価値観が市民権を得て、会社に囚われない生き方を考えさせられる時代になってきたのです。

そうした社会的な変化を受けて、企業側は従業員に対する安全配慮義務に敏感に反応していくようになりました。「キャリアの自立・自律」を前提とした働き方が浸透することに伴って、社員が堂々と自己主張できる風潮が強まってきたからです。そこに大手企業の過労による自殺事件などもあり、より安全配慮義務にセンシティブになっていきました。

——会社への貢献より自分の強みを大事にしようという時代になって、社員のあり方も変わり、会社のあり方も変わってきているということなのですね。

このことが新型うつの増加とどうつながるかということですが、先ほどお伝えした通り、企業は安全配慮義務にセンシティブになっていき、カウンセリングや不調者への対応をより充実させるようになっていきました。

そこで起き始めていると考えられるのが、「仕事のやる気が出ない。」「人間関係でうまくいかない。」「仕事がストレス。」というような様々な職場適応の問題が、すぐに「うつ」として医療化されるようになっているのではということです。

一見、うつだと見なさずとも職場内で解決の手段がありそうなことが、会社が安全配慮義務を丁寧に守るがゆえに、すぐに医療化されて、病院でうつの診断が下され、休職になると。

それで何が起こるかと言えば、その同僚に労働時間が長くなるなどの皺寄せがきますよね。

——色々な事情が複雑に絡み合って問題が生じているのですね。

今の話は会社目線でのお話でしたが、個人目線でも少し考えを補足すると、「キャリアの自立・自律」が尊重されるようになって、良い面はたくさんありますが、その裏返しとして、「自立・自律せねばならない」というプレッシャーのようなものも生まれているように感じます。

今の若い世代では、大学でもキャリア教育が盛んに行われているので、「自分の強みは何だろう」「会社や組織に囚われずに生き残るにはどうすればいいだろう」といったことを叩き込まれています。

新型うつの方は、「対人過敏」という周囲からの反応に敏感であるというという特性や、「自己優先」という自分の考えに意見されるのが嫌い、人の価値は成績や業績で決まると思うといった傾向を持つ人が多いことがわかっています。
まだわからないことが多く、はっきりとしたことは言えないのですが、そのことが、会社でのみ不調を発する新型うつを生み出す一因になっているとは思いますね。

日本の社会に必要なのは多様性を受け入れる寛容さ—もっと生きやすい世界へ

——新型うつの増加は、個人の特性に閉じた話ではなく、社会全体で考えるべき問題だなと感じました。

ここまでの話を整理します。

まず一つ目として「うつ病」概念の浸透と、セルフチェックの登場によってうつ病の自己診断ができるようになり、自分がうつ病だと言いやすくなったということを述べました。

次に二つ目として、会社が安全配慮義務に慎重になったことで職場での問題が医療化がされやすくなったこと、会社にとらわれない「キャリアの自立・自律」が尊重されるようになった裏返しとして、「自立・自律せねばならない」というプレッシャーのようなものも生まれたことを述べました。

社会というのは無限に絡み合って成り立っているものですので、短絡的にAだからBである、ということは言えませんが、少なくとも、新型うつの増加を、個人の資質に閉じたところだけで議論すべきではないと思います。

——私たち自身や社会は、様々な理由で心に不調をきたしてしまった人に、これからどう寄り添っていくべきでしょうか。

先ほども述べましたが、新型うつを“困った人”といった文脈でジャッジするのは簡単ですが、そうしていても世の中は良くなりません。そうではなくて、多様性が求められる今、新型うつに見られる性格特性も個性の一つだと社会が捉え、どういう環境なら力を発揮できるのか、周囲も含めて考えてほしいと思います。

私たちの研究データで明らかになっていることですが、新型うつの人たちの性格特性として、周囲の反応に敏感であるという「対人過敏」については多くの人に共感される一方で、自分の考えに意見されるのが嫌いという「自己優先」については、かなり厳しい見方が集まります。

なぜかと言うと、他人に迷惑をかけるからだと。これは非常に日本的な価値観ですよね。

——確かに、日本社会は人に迷惑をかけることを良しとしませんね。その文化は美徳という側面はあるものの、生きづらさを助長していると?

本当に受容できないものなのか、考えていく世の中になってほしいと思います。自己責任といった言葉で語るだけでは、前へ進むことはできません。

新型うつの患者さん自身と周囲の人が、どちらか一方が歩み寄るということだけではなく、皆が自分を見つめて、お互いのことを思いやって、一歩ずつ前へ進めば世の中はもっと良くなるのではないか—、社会背景から心理学のアプローチをしている私としては、そこに希望を抱いて研究を続けています。

新型うつは、自分や周囲を含めて、決して他人事ではないと実感しました。 本当の多様性とは何かを考えるきっかけにもなりました。

当事者になりうる可能性はきっと誰もがあるはずです。だからこそ、優しく寄り添い、受容していける社会を皆で目指していければと思います。

(聞き手・編集:張 美帆・秦 正顕、撮影:遠藤 麻美、文:佐野 佳代子)

​坂本 真士(さかもと しんじ)/日本大学文理学部心理学科 教授

東京大学大学院社会学研究科社会心理学専攻 博士課程修了。国立精神・神経センター精神保健研究所 特別研究員、大妻女子大学人間関係学部人間関係学科 専任講師等を経て、2003年より日本大学文理学部心理学科 助教授に就任。2008年より教授を務める。日本心理学会国際賞奨励賞、日本パーソナリティ心理学会第26回大会優秀発表賞など受賞歴多数。専門は臨床社会心理学。主な研究テーマはうつや不安、自殺など。こうした問題を対人的あるいは社会的問題ととらえ、どのようにしてこれらの問題が発生したのかの研究に従事している。今秋には、新型うつについてこれまでの研究をまとめた書籍を、遠見書房から出版予定。